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お茶の間仏法味

 オシャカさまは、私たちに、その本性を知らしめた
松見 由美子(岩手県・證明寺坊守) サンガ第75号 <2005年5月>
 

イメージ 目の前で、何かがキラッと光った。
 蜘蛛の糸。
向拝の庇からぶらんとさがった蜘蛛の糸は、風にゆれ、日差しを受けて、虹色にかがやく。風に一筋の色をつけたように、右から左へ美しくたなびいていた。
 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んだのは小学校の頃だろうか。3枚の挿絵を鮮明におぼえている。1枚目の挿絵は、大泥棒のカンダタが蜘蛛をふみつぶそうとして思いとどまったところ。地面の蜘蛛から見あげたように、片足が大きく描かれていた。極楽にいるオシャカさまは、蜘蛛を殺さなかったという、たったひとつの行いゆえに、地獄に落ちたカンダタを救おうと蜘蛛の糸をたらす。カンダタは必死で蜘蛛の糸をよじ登った。

 あと少し……、ホッとして下をのぞきこんだカンダタは、我も我もと、蜘蛛の糸につかまって登ってくる無数の悪人たちに気がついた。2枚目の挿絵はその場面だった。大きく口をあけ、驚きの表情で下を見ているカンダタ。その下には、蟻のように人がぶら下がっている。

 「この蜘蛛の糸は、オレのものだぞ!」

 そう大声を出したとたん、蜘蛛の糸はカンダタの手もとからプツンと切れ、カンダタと無数の人たちはまっさかさまに、もとの地獄へと落ちていった。最後の挿絵は、極楽の池の上から一部始終を見ていたオシャカさまの絵だった。悲しそうな顔をして、池のまわりを歩いていた。
 この物語を読んでから、幼い私は意識して虫を殺さなかった。蜘蛛や蟻を窓の外に放りだすとき、心のなかでひそかにつぶやく。

 「これで、蜘蛛の糸1本、もーらい」

 そして、下を見ないで登ればいいんだ、声を出さずに登ればいいんだ、こんだけ虫をにがしたんだから、蜘蛛の糸は何本もあるし大丈夫、大丈夫……、そんなことを思っていた。

 今、七色にかがやく細い糸を見ながら、ふと考えた。仮にカンダタが大声も出さず、おのれ一人が助かりたいという思いもすてて、必死で極楽に登ってきたなら、オシャカさまは彼を受けいれたのだろうか。カンダタ一人ならまだしも、その後ろに蟻のごとくつらなる無数の悪人たちを、登ってきた者すべてを、極楽に受けいれたのだろうか。ヘタをすると、地獄の住人すべてが極楽に登ってくるかもしれないのに。

 オシャカさまはきっとわかっていたのだろう。カンダタは自分だけが助かりたいために、きっと大声で下の人たちをどなりつけるだろうということを。他人を蹴散らし、それでも生きてゆきたいと思うはずだと。人間とはそういうものだと。極楽の蓮池から蜘蛛の糸をたらしたそのときに、オシャカさまはだれ一人としてこの極楽にたどりつける者などいない、そう確信していたにちがいない。

 私は口をあけて上を見る。虹色の蜘蛛の糸が庇を突きぬけ、遠く極楽からたれているのではないかと思って、上を見る。

 「切れるか、切れないか、登ってごらん、さあ、試してごらん……」

 まるで誘うように、蜘蛛の糸は美しくかがやく。

※お寺の本堂の正面階段の上に張り出した庇の部分。


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