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お茶の間仏法味

 生のみにて生きるにあらず 死もまたわれら
谷本 忍(大阪府・良念寺住職) サンガ第74号 <2005年3月>
 

イメージ 今にはじまったことではないが、世の中は健康ブームである。よく、「達者が一番」とおっしゃる方が多いのは、健康であることが何より幸せなことだ、ということであろう。

 そのような考え方に対して、「そんなことはない。もっと大切なことがある」という意見もある。病院のベッドで寝ている人、神経痛で足が痛み、歩けなくなって何処へも行けない人、ガンを告知された人など不幸な人だと言えるのか。そうでなくても年を取れば、自分の思うようにはならなくなる。それは、老病死を不幸の原因とするような考え方だ、と言ってきた私も、大腸のポリープを切除したら悪性であった。

 旨いものを食べ、旨い酒を飲みすぎたために、脂肪肝だとか、高脂血漿だとか、コレステロールの数値が高いとか診断されると、「生」に執着する心が起きてきた。

 そこで考えついたのが、プールつきのスポーツクラブだった。入会申し込み書に、入会理由を書く欄があり「もっと旨いものと旨い酒を飲みたいため」と書いたら、受付の人に笑われたが、私のその時の正直な理由である。体力増進、健康維持のためだと書いたら笑われることはなかったであろう。

 ともかく、そうしてプールに行ったり、ジョギングしたりするようになり、それまで67kgあった体重が56kgまで減ったのである。クラブに行く時間がないときには、1周600mある市民運動広場に行って10周走ることにしている。

 夕方まだ明るさが残っている時は、はた目を気にして自転車で広場まで行き、一枚ぬぎ二枚ぬぎしては走る。冬場は午後7時ころ、夏場は午後8時ころがピークだ。オバサンたちは、夕食のメニューやスーパーの安売りや家族のことなど喋りながらのウォーキングだ。私はそんな会話を聞きながら、人のいない暗い所ではゆっくりと、人のいる所では軽々と速く通り抜ける。つまりこの場に及んでも私の虚栄心は健在なのだ。

 汗を流しクタクタになって、わが家にたどり着き風呂に入ると、冷たいビールが待っている。このように酒飲みにも苦労がある、と言ったらまた笑われるだろう。いいことをするには理屈や理由はいらないが、悪いことをするには理屈や理由がいり苦しいものだ。もっと酒が飲みたいために始めたスポーツクラブであり、ジョギングなのであるから、私は今のところ酒をやめるつもりはないという理屈を通している。

 考えてみると、このような健康志向のもとには、「わがいのち」に執着して、「生のみにて生きるにあらず、死もまたわれら」という言葉に背いた生き方になるのではないか。「わがいのち」とは自分さえよければ、自分さえ健康であれば、と自分のことしか考えない、それこそ不健康な考え方なのであろうか――。

 さて、私のジョギングは、とうとうマラソンにまで、発展ではなく延長してしまった。もう70歳になったのに、市民マラソンや3年前にはハーフマラソン、昨年は10kmを完走した。そんな日々の中に、死は確実に近づき迫ってきている。「死もまたわれら」ということは、走りながら死に近づいている。いや、死の方が走りながら私に近づいているのかもしれない。


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