愛媛県に生まれた高橋新吉(一九〇一〜八七)はまず、言葉遊びの巧みなダダイストの詩人として登場した。しかし、さまざまに思想遍歴を重ね、心を病み、苦悩のなかで禅宗寺院にも通うようになった。この「死」という詩のように、禅問答のような、ブラックユーモアのような作品が多くなっていく。たとえば「留守と言へ/ここには誰も居らぬと言へ/五億年経つたら帰つて来る」という三行詩も名高い。
一度死んだからもう死なないとは、随分おかしな理屈である。しかし、仮に死ぬほどの苦労や体験をした人なら、少しは理解できるのではないか。苦しみ、絶望し、あるいは泣き明かし、その挙げ句に「よし」とそれらを引き受けたなら、もう少々のことなら怖くなくなる。やはり禅の語録には「大死一番、絶後にふたたび甦る」とあり、そこから悟りの道も開けてくる、らしい。一九七六年に亡くなった禅思想家の久松真一さんもしばしば「私は死なない」ともらしていた。浄土教ならば、生きながらにして浄土がここに見えてくる、ということだろうか。
「でも、やはり、心配だよ。まだ一度も死んだことがないからねえ」という苦労症の方には、長嶋茂雄元巨人軍監督の名言を思い出していただきたい。一九九六年の誕生日を迎え、お祝いの人たちに「今日、初めての還暦を迎えまして……」と応えたのだ。あの大らかさを見習って、いつかはやってくる「初めての臨終」をあまり怖がることなく、できれば、ちょっぴり好奇心も抱いて迎えたいものである。