平八木重吉(一八九八〜一九二九)の作品の中でも、もっとも親しまれている「素朴な琴」という詩だ。現在の東京都町田市に生まれた人で、学生時代にプロテスタント教会で洗礼を受けている。英語の教師としてつましい生活を送っていたが、結核に侵されて二十九歳で亡くなった。
キリスト教の詩人だから、あえて解釈するなら「幼子のような心で日だまりに出てみよう。神の愛に包まれている自分にきっと気づくだろう」といったことだろう。ともかく、心やさしい青年は秋の日に何か宗教的な体験を味わったのだ。「耐えかねて」という表現が味わい深い。
こうした感動や回心は、特定の宗教だけに起こるのではない。たとえば、浄土真宗の祖師の一人、曇鸞が六世紀に書いた『浄土論註』にも《阿修羅の琴の鼓する者なしといえども、音曲自然なるがごとし》という言葉がある。悪鬼が持つ楽器も、仏の計らいによって、おのずと美しい調べで奏でる、といった意味であり、親鸞も主著『教行信証』で引用している。
重吉の信仰は「東洋的汎神論」などといわれ、日本のキリスト教会では異端視されがちだった。若いころはインドの詩人タゴールを愛読し、晩年は肉や魚を「かわいそうだ」といって食べなかったという。といって、死の床でも聖書を読みふけっており、《わたしの詩よ/ついにひとつの称名であれ》という二行詩はあるものの、とくに仏典を勉強した形跡はなさそうだ。
いや、影響の有無などよりも、時代や場所を越えて、こだわりのない心には霊妙なる旋律が鳴りいだす、ということなのだろう。