萩原朔太郎(一八八六〜一九四二)の「中学の校庭」という小品で、詩集『純情小曲集』(一九二五年)に載っている。読んでのとおり、性に目覚めた少年が教室を抜け出し、自暴自棄になって寝ころんでいる風景だ。別の散文詩「物みなは歳日と共に亡び行く」ではこう振り返る。
《私の中学に居た日は悲しかつた。落第。忠告。鉄拳制裁。絶えまなき教師の叱責。父母の嗟嘆。そして灼きつくやうな苦しい性慾。手淫。妄想。血塗られた悩みの日課!》
医者の家に生まれた朔太郎は、小学校高等科までは成績優秀だった。しかし、数え十五歳で群馬県立前橋中学に入ったころから成績は急降下、落第もして二十一歳で卒業する。その後、家業を継がせたい父親の意向もあって、熊本の五高、岡山の六高、慶大予科などに籍を置くが、いずれも落第と退学。のちに詩人として名を残すものの、おそらくは「ニート」とか「パラサイト」の先駆けといった人物だった。
青春時代をまじめ一方で過ごした親や教師には想像できないかもしれない。しかし、朔太郎のような、対象のない「いかり」に身を焦がす少年は昔からいたのだ。まして、欲望むき出しの社会に投げ出された現代っ子たちに、通りいっぺんの道徳教育などは通用しない。むしろ、国語の授業でこんな詩も取り上げ、自分の狂気が一人だけでないことを気づかせてはどうだろうか。