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こころのうた

 あえて問わない
東京医療保健大学教授 菅原伸郎 サンガ第76号 <2005年7月>

 吾児はあまりに美しく聡かりしゆゑ神の奪りたまへるなり。
 われの語れば妻は静かにうなづく。

 慰むる者は偽と知りつつ慰め聴く者も偽と知りつつ満足ふ。
 寂しき三七日

 西条八十(1892〜1970)の「三七日」という6行の作品だ。31歳だった詩人は関東大震災の直後、3歳の次女・慧子を疫痢で失う。葬式も済んで、弔問に訪れる人も少なくなった21日目ごろの夫婦の会話である。

 名前のとおりに、きっと「智慧」の早かった子だったろう。夫が「あんまり利口なので、神さまも近くに置きたくなったんだよ」とつぶやくと、妻も黙ってうなずく。そんなことを本気にしているわけでもないが、互いに相手を思いやり、委細はあえて問わないのだった。

 伝記によれば、詩人はこのころ、旧約聖書の「ヨブ記」も読んでいたそうだ。神と悪魔とが、篤信者ヨブに不幸を次々と与えて試す物語だ。必死に耐える古代ユダヤ人夫婦の姿勢に、共感することも多かったに違いない。

 話す側も聞く側も、偽りと知りつつ……というところに、大人らしさを感じないだろうか。もちろん、当初は泣き喚いただろう。しかし、時間とともに、その悲しみを「天国」とか「浄土」といった神話に昇華させていく。そこに、不幸せを乗り越えていく人間の優しさがある。

 仏教では、こうした物語化を「方便」といっている。「うそも方便」という俗言もあるが、本来は「衆生を導くための巧みな手段」という前向きな言葉だ。こうした場面で「あの世なんか、あるわけないよ」などという必要はないのである。


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