北原白秋(1885〜1942)が29歳のときに書いた「林檎」という作品である。静かなリンゴ畑に座っていたら、何か音がした。周囲を見回してみるが、何事もなさそうだ。どうやらリンゴの実が落ちたらしい。そう、ただ、それだけのことなのだ……。
「十方法界」という言葉は少し難しいが、あらゆる世界、とでも解釈しておこう。ともかく、静寂の中で「落ちる」という動きがあったはずだが、世界はすべてを包み込んで変わらずに存在している、という感慨である。ニュートンはリンゴが落ちる様子を見て万有引力の法則を思いついたが、この詩人は別の真実に気づいたらしい。
このころ、白秋は失意の底にあった。警察沙汰にまでなった人妻との恋は何とか実って、結婚にまでこぎつけた。しかし、小笠原諸島の父島での新婚生活はあえなく挫折、そして離婚へ。夜な夜な苦しんでいただろうが、その中でいわば奇跡が起こった。この作品が載っている詩集『白金之独楽』の奥書によると、三日三夜、法悦に浸って一気に新しい詩が次々と生まれた、という。
松尾芭蕉には「古池や蛙飛び込む水の音」があり、正岡子規には「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」がある。ハッと気づいて「うん、これだ」という体験であり、この根源的感動はどこからともなく、静かに、突然にやってくる。そのころの白秋は真言密教に傾いていたのだが、ここでは宗旨にこだわる必要もないはずだ。
浄土真宗の世界では、ここで「南無阿弥陀仏」という感謝の言葉がほとばしる。