小さい頃は小児喘息で体が弱かった。小学校・中学校ではまったく運動ができなかった。喘息がよくなって高校ではサッカー、大学ではテニスをやった。マウンテンバイクが好きだったので、その延長で走ることを始め、泳ぎをやり、社会人になってトライアスロンに挑戦した。もともと好奇心は人一倍あった。大学卒業後はシステムエンジニアやITコンサルタントの仕事へ。仕事も順調だった。それが天職だと思ってやっていた。27歳のとき、たまたま知人に誘われて「リバーダンス」の公演を観た。青天の霹靂だった。ダンスの迫力に圧倒された。
「衝撃的でした。それまではダンスには興味がなかったし、チケットが1万2千円で高いなと思ったんです。でも、ダンスの迫力と音楽と融合したエンターテイメント性に感動したんですね。そして親しみを感じたんです。日本人の感性にどこか共感するものがある。タップシューズの音は太鼓の音のようだし、アイリッシュの木のフルートは尺八のようだったし、バンジョーも三味線みたいな。だからまったく新しいものを聞いているという感じではなかったんです」
いつかあの舞台に自分も立ちたい、と思った。1年ほどの準備期間を経て、リバーダンスの発祥の地、アイルランドへ渡った。だが、「28才、未経験」ではレッスンも受けさせてもらえなかった。子どもの頃から始めないとダンスはものにならないのだ。ついにTAKAさんは路上パフォーマンスに打って出る。物珍しさで地元の新聞が取り上げ、それがきっかけとなって短期間のレッスンを受けるチャンスを得た。そこからTAKAさんのダンサーへの道が開かれていくのである。04年、全アイルランド選手権第7位。翌年にはリバーダンスのオーディションに合格し、東京ほか5都市で開催された日本公演で凱旋帰国を果たした。アイルランドに渡ってから4年後のことだった。
「ダンスは一つの言語だと思うんですね。それが最後は通じたと思うんです。異文化の地で、たったひとりの冒険ですが、ぼくはいつになっても冒険というのはあると思うんですよ。大人になるとなまじ知識がついてしまって、先入観にとらわれやすくなりがちですが、それをできるだけしないように、広くアンテナを張っていくと、自分にピンとくるものがあったときにそっちに行ける選択肢が増えるように思います。
好奇心というのは人間がもっているものだと思うんです。それを満たせば楽しくなるし人生も豊かになる。かりに挫折したとしても、それは自分が挑戦して失敗したことですから、それを受け入れることもそれはそれで人生だと思うし、それが何もないと人生というのは逆につまらないんではないでしょうか」
日本の太鼓や津軽三味線やロックを取り入れて踊りたい、とTAKAさんは言う。川の流れのように、ダンスは国や文化を越えて融合し、自由を先取りしているかのようだ。
リバーダンス日本公演
タカ
本名・林孝之。1973年、東京に生まれる。青山学院大学経済学部卒業。卒業後はシステムエンジニア、ITコンサルタントに携わる。2000年に知人の誘いで「リバーダンス」を観て感銘を受け、1年後に単身でアイルランドに渡り、本格的にアイリッシュダンスのレッスンを受ける。03年、ショーデビュー。05年リバーダンスのオーディションに合格し、日本公演で凱旋帰国。現在は拠点を日本に移し、アイリッシュダンスのクラスを開講しながら、自身のパフォーマンス活動を続けている。