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インタビュー
 高遠菜穂子さんに聞く
 いのちには宗教も国境もない
写真イメージ
 2004年4月、イラク人武装グループに拘束され、9日間の軟禁のあと解放された。
だが、高遠さんの心は帰国後、崩壊寸前まで追いやられた。
イラクの友人から「君はまだイラク人のことを愛しているかい?」とメールが送られてきた。
励ましの手紙も数多くもらった。少しずつ心が解き放されていった。
平和へのロードマップは国家が築くものではなく、ひとりひとりの、
決してあきらめない気持ちによってしか作りえない、と高遠さんは思う。
こうして高遠さんの「イラク報告会」の行脚が始まった。


 イラク報告会は、もう200回を越えた。報告中、高遠さんの表情がゆるむことはない。
「伝えたいことはただ一つ、イラクで何が起きているかということです。多くの真実が報道の向こう側で、誰にも知られずに消えていっています。米軍のファルージャ攻撃で身内を殺された人たちが怒り叫んでいる姿がテレビで流れました。でも、彼らが見ているものにはモザイクがかかっていました。

 報告会では、最初に映像でお墓が出てきますが、報告会はある意味で葬式だと思っているのです。私はファルージャで殺されそうになった。あの人たちの怒りというのは日本の人が想像できないほど怒っていたんです。同じ時間にファルージャで731人が人知れず死んでいきました。カウントされない命がこれだけあるということをたくさんの人に知ってほしい。そういう気持ちでやらせていただいております」

 30歳のとき、高遠さんはインドのマザーテレサのハウスに向かった。身近な友人が次々と亡くなって、なぜ人は死んでしまうのか、何のために生まれてきたのか、そんな問いに突き動かされていた。インド、タイ、カンボジアなど、マザーハウスやエイズホスピスでボランティアをした。生と死を目をそらさずに見た。悲しみだけで死を受けとめないこと、生は死の対極にあるのではない、ということを学んだ。

 西インドの大地震のとき、緊急支援で塩田周辺の村々をまわった。テント生活からあふれた子どもたち。言葉は通じないけれども、彼らが求めているものがわかった。みんなで手をつないで歩いた。かけっこをした。その瞬間、空や大地や木々や子どもたちと自分が一つになったように感じた。心の鎧が溶けた。白い光に包まれた不思議な体験だった。

 「人間は愛という名の水でできていると思うんです。人間が涙を流すときというのは、すごく人を思っているときですね。その人をすごく愛しているとか、強い感情のときに涙がわっと出てくる。涙という字は水に戻ると書きます。私はこれで生きているんだと思ったんです。人間は愛でできているんだと。洪水のようにたまにあふれちゃうときがある。愛しすぎて憎くなったり、苦しめたり。でも、いのちの水というのは人間に絶対に必要なんですね」

 高遠さんは三つの宝物を小さな布袋に入れて大切に持ち歩いている。マザーテレサの修道会からもらったロザリオ、ダライラマの説法を聞きにいったときに手に入れた仏教の念珠。そしてイラクのストリートボーイが泣きながらくれたイスラム教の数珠だ。

 「いろんな宗教のところでお手伝いをさせてもらいましたが、人間が死んでいくときはみんな同じように死んでいきます。いのちには言葉も宗教も国境もないのです。大切なことはいのちを感じること、そして奥深いところで共鳴しあえる心の言葉を持つことです」



文芸社


たかとお・なほこ
1970年、北海道千歳市生まれ。麗澤大学外国語学部英語学科卒。2000年、30歳になったのを機に仕事をやめ、以後、インド、タイ、カンボジアの孤児院やエイズホスピスを手伝う。03年5月、イラクに初入国。NGOとともに病院調査、医療品運搬、学校再建、ストリートチルドレンの自立支援活動を行う。04年4月、4回目の入国の際、ファルージャ近郊でイラク人の抵抗勢力に拘束される。著書に『愛してるって、どう言うの?―生きる意味を探す旅の途上で―』『戦争と平和―それでもイラク人を嫌いになれない―』がある。



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