10代半ばから20代前半にかけて、諸富さんは「何のために生まれてきたのか」「どう生きればいいのか」と悩み苦しんだ。自分も他人も信じられない。人間の存在そのものへの嫌悪感。その出口のない苦しみの極限で、諸富さんはフランクルの言葉に出会った。
「自分で懸命に人生の意味を問い、それを手に入れようともがいていたんですね。フランクルは『人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている』と言うのです。何のために生きるのかと思い悩むことがあるけれども、本当はそういったことに悩む必要はこれっぽっちもないのだ。私たちがなすべきこと、実現すべき意味・使命は私たちの足下に、つねにすでに、送り届けられているのだということですね。
それは立脚点のシフト(転換)を意味します。私がいのちの中心じゃなくて、この世界の万物は、そもそものはじめから、一つの同じいのちのはたらきの異なる現れなのだ。私たちは自分を越えたその大きないのちのはたらきを分けあっているにすぎない。そのことを心の底から実感できたのです」
悩めない若者が増えていると、諸富さんは指摘する。むなしさの感覚はあっても、自分と向き合うことができない。だから「悩む力」が育たない。傷つくことがこわいのだ。恋愛でも男性のほうが傷つきやすい。カップルの学生たちに聞くと、告白するのは6割が女性。男がふられたらあまりにもみじめでかわいそうで絵にならないからだという。
「傷ついたらおしまいだということで、前に進めないんです。私のもとには不登校や引きこもりの相談が少なくありませんが、親御さんに言いたいのは、見守ってあげてということですね。おろおろしたり、つい『頑張ってこうしなさい』とか『お母さんが悪いのね』などということになると、子どもは安心して悩めないんですね。
私自身、高校生のときに非常に悩んでいました。あとで知ったんですが、私の母は高校の先生に『息子は世捨て人だから、私はあきらめています』と言ってくれたんです。だから私は救われたのだと思います。もしあのとき、母がおろおろしていたら、私はしっかり悩めずにいたと思うんですね。そしたら結局、悩みを突破できずに、もしかしたら今でも引きこもりかもしれないし、自殺したかもしれない。私が救われたのは、母がドーンとかまえていてくれたからだと思います。子どもの生命力というのは、そうすることによってじわーっとはたらき始めるのです」
もろとみ・よしひこ
◆明治大学助教授◆
1963年、福岡県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。米国トランスパーソナル心理学研究所客員研究員などを経て、現在、明治大学文学部助教授。専門はカウンセリング。臨床心理士。日本トランスパーソナル学会会長。主な著書に『むなしさの心理学』『カウンセラー・パパの子育て論』『生きがい発見の心理学』『生きていくことの意味』など多数。http://morotomi.net/