広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー > インタビュー
バックナンバー
インタビュー
 本橋成一さんに聞く
 どこへ行けというのか人間が汚した土地だろう
写真イメージ
 チェルノブイリに初めて行ったとき、本橋さんは何をどう撮っていいかわからなかった。
二度目に訪れたとき、四号炉の廃墟に草が生い茂っていた。
いのちはすごいと思った。汚染された村の大地でその日その日を生きている人たちがいた。
村の老人が言った。「どこへ行けというのか。人間が汚した土地だろう」。
 森をぬけると村があった。チェルノブイリ原発事故の放射能汚染地域。国の移住勧告によって子どもや若者は村を去っていった。五十五名の老人と一人の青年アレクセイがとどまって、昔から続く暮らしを続けていた。食べるために働き、ウォッカを飲み、歌う。大地に根ざした豊かな暮らしだ。「戦争も、事故も、テロも、彼らは乗り越えてきた」。本橋さんは人類の未来の希望を見たように思った。

 「ベラルーシの村を訪れて驚いたのです。汚染された大地に、昔ながらの豊かな暮らしがある。ものの豊かさではない、ぼくらがすっかり失ってしまった生きることそのものの本当の豊かさなんです。

 いのちというのは、ぼくら人間だけのいのちではない。村の老人たちは自然に対して実に謙虚なんです。地球から見れば、人間は寄生虫のようなもの。自然をコントロールできるように思っている人間の傲慢さを彼らから教えられました」

 映画『アレクセイと泉』には、村の人たちが「百年の泉」と呼ぶ泉が出てくる。大地に降り注いだ雨が百年の歳月をかけて再び地表に湧き、その水だけは放射能に汚染されていないというのだ。「水の湧くところには神さまがいる」。泉の水で洗礼を受け、収穫を祝い、歌い、踊る。泉を中心に村の生活があった。

 「老人たちになぜ村を出ないのかと尋ねると、自分たちは水を借りて生きていて、いのちを終えたらそれを大地にお返しするのだ、町へ行ったらそれができないからイヤだと言うのです。そういう考え方というのはすごいと思いました。水道の蛇口をひねったり、飲みたくなったら金で買ってくるような生活からは絶対に出てこない言葉ですね。たったこの半世紀で、ぼくらはどんどん変わってしまった。ペットボトルのお水を買えることが豊かになったと勘違いしています」

 イラク戦争が起きる前、本橋さんは作家の池澤夏樹氏とイラクへ行った。言葉が通じないけれども人なつっこく、ニコニコとアラビア語で話しかけてくる子どもたち。この子どもたちの上に爆弾を落とす理由は何もないと思った。

 「アメリカは自分の価値観を強引に推し進めています。それは間違いですね。文化も風土も違う。大切なことというのは、相手が一番大切に思っていることをわかることなんですね」


もとはし・せいいち
◆写真家・映画監督◆
東京生まれ。自由学園卒業。68年、写真集『炭鉱〈ヤマ〉』で第5回太陽賞受賞。97年、映画『ナージャの村』を初監督。98年、写真展『ナージャの村』で第17回土門拳賞を受賞。02年、映画『アレクセイと泉』でベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞・国際シネマクラブ賞受賞。主な著書に『サーカスの時間』『上野駅の幕間』『魚河岸ひとの町』『生命の旋律』など。


戻る


Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)