仕事もこなし金もある。恋の経験もそれなりに。人から見れば輝いているように見えるけれども、「私は何をしたいのだろう?」と、満たされない思いをかかえている女性が多いと香山さんは言う。
「女性が元気な時代と言われていますが、まじめで一生懸命っていう女性たちが、がんばるぶん幸せになれるかというと、どうも満たされていないんですね。家庭に入った女性もそうです。みんな〈これでいいんだろうか〉と思っているんですね。
選択肢が増えれば女性は自由に選んで幸せになれるんじゃないかと思ってきたのですが、一つを選んだということは一つを選ばなかったということですね。人間は物理的にも能力的にも限られていますから、マスコミが提示するような幸せな女性像というのは最初から手に入らないものであって、それを全部手に入れないと幸せじゃないと思い込んでしまう。幸福な状況であるにもかかわらず自分に不満を持たせてしまうのですね。だから、これとこれが手に入らないとダメだと思っているものの中から二つくらい抜いてみれば、意外に〈ああ、私はもう実は幸せじゃないか〉と気づく場合があるのではないかと思うんです。だから、あきらめるってそんなに悪いことじゃないよと言っているんです」
若い人たちと接して「心が薄くなっている」と香山さんは感じる。ちょっとしたダメージや刺激でガラスがパリンと割れるように〈私〉が壊れてしまう。インターネットや携帯メールでは〈別の私〉に。私が私であるという確かさが崩れ、自分に対しても世界に対してもリアリティーが感じられなくなってゆく。考えたり悩んだりする心のキャパシティがどんどん狭くなり、「死」と彼らとの距離があまりにも近くなってしまっていると、香山さんは指摘する。
「自殺願望を持つ若者や自殺未遂経験者が集うネットの掲示板には、《自分が嫌い。死にたい。生きていたくない》《一緒に死にましょう》と書いてあるんですね。十八、十九で自分はもうダメだと見切りをつける。一度失敗したり傷ついてしまったら、もう終わりじゃないかとおびえている若い人たちが多いんです。悩んだり葛藤したりする前に衝動的に行動する。家族や周りへの暴力やリストカットのような自傷行為が増えています。
でも、『私なんて最悪』と自分を卑下する若者は、〈ふつうの人〉になれば満足かというとそうではない。〈ふつうさ〉は軽蔑する。〈特別な私〉になりたいのです。若者たちが求めている〈特別さ〉とは、イチロー選手や松井選手みたいになることではない。〈世界にひとり〉の自分なんです。他の誰とも交換のきかない、世界でひとりしかいない大切な存在なのだという実感を、彼らは求めているんです」
かやま りか
◆精神科医◆
1960年、北海道生まれ。東京医科大卒。専門は精神病理学。神戸芸術工科大学助教授。臨床経験を生かして新聞、雑誌、テレビ等で現代人、とくに若者の“心の病”についてさまざまな問題提起を行っている。著書に『本当はこわいフツウの人たち』『若者の法則』『多重化するリアル〜心と社会の解離論』『サヨナラ、あきらめられない症候群』『世界がどんなになろうとも役立つ心のキーワード』ほか多数。