自他共にあきれるほどの稽古好き。「稽古だけしていて本番がないといい」とまで。約束事を守らないで自由に動ける。新しい表現への挑戦。そして自分が破られることの楽しさ。器用にこなしたり、マンネリになっていく自分を、市原さんは醜いと思う。
「演技することで一番大事なことは、いま、ここに生きることです。過去にやったことはいつの間にか積み重なっています。それを全部取っ払って、うぶな、純な気持ちでここにいる。そのときの震える心がとても大事なんですね。それにはお稽古するしかないんです。お稽古をすればするほど、自分が自由になって、過去を忘れて、そして時を止めて所を変えて、自在に舞台に立てるんです。
ですから、年を取るほどにうぶで、純でなければならないと思うんです。そうでないと、ただ年を取ってきた人の説教くさい、うさんくさい演技になってしまうんでしょう。それをいかに乗り越えていくか。でも、それは演技の場合だけじゃないでしょう」
舞台だけでなく、「まんが日本昔ばなし」「家政婦は見た!」などでテレビでもおなじみだ。どちらも二十年以上の息の長い番組である。市原さんは演ずる役に対して「あやかりたい」という言葉をよく使う。
「私は世の中の人から見たらあまり不幸な目に遭ってこなかったと思うんです。役者になってみて、それはちょっと恥ずかしいことなんですね。だから余計に下積みの人とか苦労している人のことを知らなければ人前に出ることが恥ずかしいんです。そんなにのめり込むなって言われるのですが、私はいつも役にあやかりたいと思っているんです。ドラマの中で実在の人物をやるときは、その人の人生に近づきたい、そして何かを教わりたいと思うんです。逆境の中でどうしてそんなに強く優しく生きられるのだろうかと、そういう思いがあります。
好きなことを長いこと気ままにやってこれたというのは、何かに感謝しなければ罰があたるような気がします。大病もなく、スタッフに支えられ、家庭では迷惑をこうむっている夫もいます。いろんな意味で辛抱してくれている人たちがいる。だから、おもしろいね、いいね、元気だね、だけで終わっていくんじゃなくて、影、光、挫折、おののき、美……、何か生きてる力を感じる仕事をしていきたいです」
六年前、ブラジルを旅した。アマゾンの大自然とそこに生きる人たちのやさしさに触れ、またその力強さに圧倒された。アマゾンの奥地で、森を切り開きガラナ畑を作って生きている日系移民の「ここにしか私の生きる道はなかった」という言葉に、芝居一筋に生きてきた自分の生き方と相通じるものがあると感じた。市原さんの好奇心はまだまだ衰えることを知らない。
いちはら えつこ
◆女優◆
千葉市に生まれる。1957年、劇団俳優座に入団。71年、俳優座を退団し、翌年、塩見事務所を設立。87年、ワンダー・プロを新たに設立し、現在に至る。「三文オペラ」「トロイアの女」「近松心中物語」「その男ゾルバ」など、多数の舞台に出演。また映画「黒い雨」、テレビ「まんが日本昔ばなし」「家政婦は見た!」などでも活躍し、幅広いファン層を得る。写真集に『つづれ織り』『現と遊び』『変化自在』、エッセイに『ひとりごと』などがある。