子どものとき、父が野菜を無造作につかんでトントンと刻み、さっと炒めて野菜炒めを作ってくれたことがあった。何ともいえない広がりのある味だった。ひょっとしたら父は魔法使いではないかと思った。大学を出て料理の世界に入った建一さんは父の弟子となった。
「長幼の序に大変厳しい父だったんですが、息子には大変甘く、序列を無視してぼくを特別扱いしようとする。弟子たちに示しがつかない。こっちが気を使いましたね。でも、父は正直に生きた人だと思います。肉親たちとの縁が薄かった父は、それだけに人と人とが触れ合う温かさを求めていたんですね」
父・建民氏の人生は波瀾万丈だった。日中戦争、内乱、革命。故郷の四川省を出て中国大陸、台湾、香港を放浪し、最後は料理仲間の黄師父と貨物船に乗り込んで日本へ。周囲の反対を押しきって母・洋子さんと三度目の結婚。国交が回復し、中国の家族の消息が分かったあと、建民氏は懸命に働いて仕送りを続けた。いまも四川、香港、日本の三つの家族は一つの家族のように深く繋がっている。
麻婆豆腐やエビのチリソース、今は定番のメニューも、建民氏が初めて伝えたものだ。NHKの『きょうの料理』に出演し、ユーモラスな会話で茶の間の主婦の人気者になった。料理学院を作って中国料理を教えた。
「父はプロ対象の講習会でも家庭向けの料理教室でも、持っているノウハウをすべて惜し気もなくさらけ出していました。空っぽになると神様が必ずいっぱいにしてくださると言っていました。道場六三郎さんもそうですが、持っているものを吐き出していかないと新しいものが入ってこないというんです。すぐれた料理人には共通したところがありますね」
陳さんの家のトイレには四字熟語の教訓が貼ってあった。「吾日三省」「低賞感微」。一日に三回、自らを反省せよ。控えめに、褒め、感じ、ほほ笑みなさい。謙虚に生きることの大切さを父は子に教えた。
「でも、あれはできないから貼ってあるんですよね。ぼくが両親から教わったことは、人間というのはあまり立派すぎると疲れるよということです。一本、二本、ネジがゆるんでいたほうが魅力的。ただし三本、四本となったらただのばかになるからね、と。二代目ということで、ぼくは最初、がんじがらめだったんです。だけど父のその一言によって救われました。
父からよく『幸せになりなさい。あなたが幸せなら、あなたが作った料理を食べた人も幸せになるんだから』と言われました。ぼくたち調理場の人間にとって大事なことは、一生懸命心を込めて料理を作れるかどうかということなんです。今も父はぼくにとって偉大な師父であり続けています」