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インタビュー
 大江健三郎さんに聞く
 わが魂よ、祈りとともにあれ
 大江健三郎さん
 戦争の終わる直前に大江さんは父親の急死にあった。村の伝説に、耳元で子どもが呼びかけると死んだお父さんが生き返ってくると話す母親に、「そんなことは役に立たないと思います」と言った。
冷たい悲しそうな母の目。ひとり階下に降りて、大江さんは庭の柿の木をじっと見つめていた。
 祈りこそ、生きるということの重要な基盤ではないか、と大江さんは指摘する。

 「信仰についてぼくはとても臆病なのですが、〈祈り〉については敏感で、一人でいるときに祈りの真似ごとをしている自分を発見することがあります。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に、ゾシマ長老というお坊さんが "Do Not forget prayer" という言葉から始まる有名な演説がありましてね。祈りを忘れてはいけない、祈りの中に人間が生きて行動することのすべてがあるというのです。また、シモーヌ・ヴェイユというフランスの女性哲学者は、祈ることができるようになるためにはまず注意力を養うことが大切だ、と言っています。ぼくは自分がピンチだと思うときに、できるだけ注意力を強くするように考えます。

 そのヴェイユがエスキモーの民話を紹介していたのです。カラスがいて、永遠の暗黒の中に暮らしていた。地面を探して餌を取ろうとしたが暗いので餌を取ることができない。それで光というものがあるといいな、とカラスが言った。するとその瞬間、光が全世界に満ちた。本当に願うことは叶えられる。そういう民話なんです。

 知的障害をもつ長男が生まれた時、母が四国の森から手伝いに来ていて、出生登録をしなければならなくて、その民話が好きだったものですから、そこから名前をとろうと思うけれどもと言って、カラスにするか光にするかと言ってみた。母は断固としてカラスにしなさいと。ぼくはすっかりしょげて光にすると言いました。息子が生まれたあとの五年間、ぼくは毎日のように祈っていました」

 人間の言葉には関心を示さなかった光さんは鳥の声には興味を示した。鳥の鳴き声と名前を告げるテープを毎日聞いていた。光さん6歳のとき。北軽井沢の山の中を光さんを肩車して大江さんは歩いていた。どこからか鳥が鳴いた。「クイナ、です」と頭上からの声。幻聴かと思った。大江さんは祈った。目の前のダケカンバの木に意識を集中させながら。もう一度鳥が鳴いた。「クイナ、です」。初めて光さんが言葉を発した瞬間だった。やがて光さんは音楽に関心を寄せるようになり、作曲をすることとなった。大江さん自身も『新しい人よ眼ざめよ』など、光さんとの魂の交流を描いて小説の新境地を開いた。

 「8年前、ぼくがノーベル賞をもらった暮れのテレビ番組で、指揮者の小沢征爾さんが『大江さん、音楽というのはね、祈りだと思う。お祈りをしているような感じで自分は指揮しているのだけれども、それは間違っているだろうか』と言っていました。祈りということは彼の音楽にとっても非常に必要だし、ぼくのように宗教をもっていない人間にとって、あるいは考えたり勉強したりするうえで、非常に重要だと思うのです」


おおえ けんざぶろう
◆小説家◆
1935年、愛媛県生まれ。59年、東京大学文学部仏文科卒。東大在学中の58年、『飼育』で芥川賞を受賞。94年、ノーベル文学賞を受賞。主な作品に『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『新しい人よ眼ざめよ』『燃えあがる緑の木』『宙返り』など多数。ゆかり夫人の挿絵になる『恢復する家族』『家族の絆』『「自分の木」の下で』などもある。


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