広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー > インタビュー
バックナンバー
インタビュー
 山田洋次さんに聞く
 わが魂よ、祈りとともにあれ
山田洋次さん
 寅さんがアラブを旅して、市場でたたき売りをしている姿を、山田洋次監督はふと想像してみる。
米軍の爆撃で犠牲者が出る。寅さんだったらそこで何を感じ、どんな言葉を発するか、と。
11月に封切られた『たそがれ清兵衛』(藤沢周平原作)は、山田監督初の時代劇である。
下級武士の悲哀の中に、リストラにさらされる現代のサラリーマンの悲しみがオーバーラップする。
 受験と恋でうつうつと生きているさくらの息子の満男が「人間何のために生きるのかな」と寅さんに尋ねる。「何というのかな、ほら、長い人生の中で、ああ生まれてきてよかったって思うことが何べんかあるだろう。そのために人間は生きているんじゃねえか」と寅さん。

 「生きるということはおもしろ楽しくということじゃないですよね。どちらかといえば辛いことの方が多いです。エンジョイするという米語を初めて聞いたとき、ぼくは戸惑ったものです。日本人は長い歴史の中で、そんなふうには考えなかったんじゃないですかね。人生というのはエンジョイなんかできるものではない。そんなことは最初から思っちゃいけない。だけど時々、〈ああ幸せだな〉という気分になることがある。それだけで生きる意味があるじゃないかということを寅さんは言いたいわけですね」

 高度経済成長による産業構造の変化の中で、職場を奪われ、故郷を奪われ、家族の絆を奪われた者の側によりそって、山田洋次監督は不器用にしか生きられない人間の悲しみとやさしさ、そして人間の信頼の中に萌す希望の名作を次々と世に出した。 寅さんがスクリーンに登場したのもそうした時期だった。経済アニマルと呼ばれ、企業戦士としてかりたてられ、知らぬ間に生活の潤いや家族の団欒、隣り近所のつき合いもなくなりかけているときだった。寅さんの映画には、そうした日本人の生活から失われてしまったものがたっぷりとあった。柴又のとらやにはびくともしない家族の団欒があり、マドンナへの忍ぶ恋、物欲とは無縁の風まかせの自由な寅さんに、いくど笑いと涙をもらったことか。

 「経済大国になっていく中で、日本人の暮らしはめちゃくちゃに変わりました。ぼくらに指し示されたのは、よりいい家、よりいい車、よりいい収入をという競争原理でした。どういう暮らしがぼくたちの身の丈に合って落ち着いて安らげるのか、そういうモデルを見いだせないままに今日まで走ってきたのではないかと思います。

 日本式のお便所も縁側もちゃぶ台も知らない子どもたちが『サザエさん』を見て心が和む。あそこには日本人が長い間つちかってきた家族の一つのモデルがありますね。あれに戻れというわけではないけれども、あれに代わるべきものを見いだせないところに日本人の今日の不幸がある。だとしたら、ブレーキをかけてみんなで考えてみなければいけないことがいっぱいあるのではないでしょうか。寅さんは一言でいうと時代遅れの人間です。だからこそ懐かしいし、会いたい人なんですね」


やまだ ようじ
◆映画監督◆
1931年、大阪府に生まれる。2歳で「満州」に渡り、中学1年の時、大連で終戦。53年、東京大学法学部卒業。54年、松竹大船に入社。監督作品には『男はつらいよ』全48作の他に、『家族』『故郷』『同胞』『幸福の黄色いハンカチ』『遥かなる山の呼び声』『息子』『学校』シリーズなど多数。著書に『映画館がはねて』『寅さんの教育論』『シナリオをつくる』などがある。


戻る


Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)