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インタビュー
 森津純子さんに聞く
 いのちの処方せん幸せに死を迎えるために
森津純子さん
 抗ガン剤の副作用で、もがき苦しむ患者や、治療用のチューブをいっぱいつながれて死んでいく患者たち。
幸せに死を迎えることのできない医療現場の現実。
人が生まれるときに助産婦が立ち会うように、死に立ち会う助死婦になりたいと思った。
ガン患者とその家族のための医療相談専門病院「ひまわりクリニック」を開いた。
途方にくれている人々に、ひまわりのような笑顔を取り戻してほしいと願う。
 医師になりたての頃、医療現場で森津さんを待っていたものは、病気や死を前にして精一杯生きている人々の姿だった。患者の命を最優先する医師たちの姿にも感動した。しかし、「病院には安らかな死がない」というのも偽らざる実感であった。

「人間は生まれた以上、絶対に死にますし、ほとんどの人は病気で死ぬわけです。病気を治すことしか考えていない今の医療体制では、患者さんは最後まで治療のために苦しんで死ななければならない。これは死に方としては不幸なんじゃないかな、と思ったんです。当時はどうやったら人が幸せに死ねるかなんて誰も考えていませんでした。ですから、私は病気を治すことよりも、幸せに死ぬ方法を考えてみたいと思ったんです」

そんなとき、幸せそうに亡くなっていった一人の患者さんと出会った。身寄りのない女性で、暇があるとその人の部屋に行って、よもやま話をしたり背中をさすってあげた。まだ半人前の医者であった森津さんに「あなたに会えてよかった。ありがとう」と言って穏やかな顔をして亡くなった。その女性の「ありがとう」の一言は、自分を肯定できず死の不安にかられていた当時の森津さんにとっては、生まれて初めて感じた心の底からの喜びだった。命を救う立場の自分が、患者に心を救われた、と思った。ためらわずホスピス医としての道を選んだ。

28歳で仏教系ホスピスである長岡西病院のビハーラ病棟医長に就任した。そのさなか、母親が大腸ガンになり、手術を拒否した母親を看取るために職を辞し、七百日におよぶ在宅介護にかかりきる。人生の最後の時間をわかちあうことは、人と人とがお互いにその存在を確かめ合い、認め合うラストチャンスなのかもしれないと、森津さんは言う。そうした経験をもとに「ひまわりクリニック」を開業した。さわやかな笑顔と言葉で「元気になれる処方せん」を差し出してくれる。

「病気の人の多くは、自分で自分に〈病気になって大変だね。ゆっくり休んでいいんだよ〉と、しっかり言っていない人が多いんです。〈こんなこともできない、人に迷惑ばかりかけている〉と、自分のことをあれこれ責めて追い詰める。でも、自分を責めることは、病気を悪くする一番の元凶なのです。ところが困ったことに、自分を責める力はとても強くて、心から完全に追い出すのはまず無理です。責める気持ちが出てきたら〈大丈夫。責めなくていいんだよ〉〈そのまんまの私でいいんだよ〉と自分に言ってあげようとアドバイスしているんです」

[ホスピス]
末期患者のケア(看護)システム。患者の気持ちを尊重し、痛みを和らげるペイン・コントロールやカウンセリング等を行う。


もりつ じゅんこ
1963年、東京都生まれ。筑波大学医学専門群卒業。都立墨東病院、東札幌病院緩和ケアチーム、長岡西病院ビハーラ病棟医長を歴任。97年、独立開業し、主にガンの医療相談とカウンセリング専門の診療所「ひまわりクリニック」を開業。著書に『いのちの奇蹟をみつめて』『母を看取るすべての人へ』『ひまわり先生の元気になれる処方せん』等。


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