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インタビュー

 松永伍一さんに聞く

 〈老い〉はいのちの成熟する時
 響きあういのちを心の手で触ってみたい
松永伍一さん
 長兄が戦病死。復員した次兄と田畑を耕すことになり、大学進学を断念。内に文学への熱い思いがあった。母を憎み、対立の日々が続いた。27歳で上京。ペン一本で生きる覚悟だった。満開の桜の下での別れに、母は「だめだったらすぐに帰っておいで」と言った。
子守唄をたずね歩いた。8年かけて『日本農民詩史』を書き上げた。いのちの根源をたずねる歩みだった。いま松永さんは、〈老い〉という〈いのちの成熟〉の時をしなやかに楽しんでいる。
 書斎の陳列棚にローマングラスが並ぶ。イスラエルを旅したとき、砂漠の砂の中で銀化した古代ガラスの神秘的な光に運命的な出会いを感じたという。
「おまえは砂のなかにあっても / 月光を浴びていたのではないか / 目を閉じて隠者の眠りをむさぼりながら / あの降りそそぐ光と関係しながら / 在ることの意味を肯定しながら / ひっそりと銀化にまかせたのではないか / そうだろう / ね」。

最近の松永さんには〈老い〉をテーマにしたエッセーも多い。〈快老〉をすすめ、〈老いの品格〉を説く。成熟していくいのちの味わい、老いの形を示すことが、次の世代への贈り物になると思うからだ。

「この頃、お年寄りの心が縮まってきているなと思うのです。介護の問題にしても、自分が動けなくなって娘や息子に介護を受けるようになったらどんなトラブルが起こるだろうか、いやな思いをするだろうかと、不安が先走ってしまう。もっと内側から弾ける何かが欲しいですね。

老いの品格を保つために、健康であること、頭を使うこと、感動すること、奢(おご)らぬこと、おしゃれ感覚を持つことという五ヵ条をあげたのです。これは人に言う前に自分で実行していることです。いのちには彩りがあるのだということを、私は年上の方々から学ばさせていただいています。

人間は文明の先端的なところにかまけ過ぎているように思います。技術を習得すれば現代をスムーズに生きられるというのは奢りです。技術の前に心がある。心というのは体に宿っているし、先祖からいただいたいのちの中に宿っている。その心が年輪を作るのです。心の年輪です。だから、無数の心の年輪を養った人が心の豊かな人だといえます。心の豊かな人は感動する受け皿を持っているし、感謝することができる。そして大きな宇宙の力によって包み込まれている喜びを表情に出すことができる。それがいい顔です。そんな内側から光ってくる顔を取り戻さなければならないのではないかと思います。

風の音を聞き、風に揺れる葉っぱにいのちの歌を聞き、いのちの充実した感触を心の手で触っていく。そこから自分の息のかよった言葉を紡(つむ)ぎ出す。それが詩人の仕事だと思うのです」

上京して16年後、お母さんが85歳の生涯を閉じた。松永さんは「母上様、私を生んで下さって有難うございました」と越前和紙に書いて柩(ひつぎ)に入れた。お母さんは自分で縫いあげた経帷子(きょうかたびら)(死者に着せる着物)と辞世の歌を遺していた。「くらきよりくらきに移るこの身をばこのまま救う松かげの月」。念仏者として生涯を全うしたお母さんの姿に松永さんは涙した。


まつながごいち
◆詩人◆
1930年福岡県生まれ。57年上京し、以後文筆生活。文学・民俗・美術・宗教など、多方面にわたるユニークな評論で知られる。『日本農民詩史』全五巻により毎日出版文化賞特別賞を受賞。著書に『日本の子守唄』『一揆論』『ふるさと考』、近著に『老いの品格』『快老のスタイル』『感動の瞬間』など。古代ガラスの蒐集家でもあり、絵筆を執っての詩画集もある。


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