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インタビュー

 樋口可南子さんに聞く

 映画、テレビ、舞台で活躍
 ふつうの人の延長で女優をやりたいですね
樋口可南子さん
 美しいことはもちろん、背筋がピーンと張っている。姿勢が崩れない。芯(しん)のある人だと思う。
 雪国で育った。引っ込み思案で泣き虫。小さい頃、蒲団の中で、降り積もる雪の音をじっと聞いていた。「雪には音があるんです」。雪の音。なんと深い沈黙の音だろう。
 そういえば、母親役の樋口さんは雪をいだく大地のようだし、女の性を激しく演じる女優樋口可南子には、雪女の妖艶(ようえん)さがある。
 十月には、チェーホフの翻訳劇『かもめ』の舞台に立つ。
 女子美術大学在学中、銀座のあんみつ屋さんにアルバイトをしていたところをたまたまスカウトされた。
「お芝居が好きで、この世界に入りたいという気持ちはその前からありました。きっかけはたまたまですけど、自分で何かをしたいという気持ちが強くなければ、何も動かないんですね。何かしたいと思うことから物事が始まっていく。興味あるものが目に入ってきたり、その方面の人と出会ったりとか、そんな気がしますね。私たちのお仕事は、出会いがすべてなんです。演出家、スタッフ、プロデューサー、出会いの数だけ仕事の数があるわけです」

 初出演した映画でいきなり新人賞。以後、数多くの映画やテレビドラマで活躍。写真集も話題となった。舞台にも進出し、女優としてますますみがきがかかってきた。

「二十代はがむしゃらに仕事をしてきたという感じです。三十代になって、結婚して自分の家庭ができると、自分の生き方みたいなものを考えるようになりました。仕事と切り離された世界をもてたことはとてもいいことでした」

 樋口さんがまさにこれだと思った言葉があるという。ゴダールの映画『男と女のいる舗道』の中で、アンナ・カリーナが演じるナナのセリフの言葉である。夫と子供に逃げられて身をもち崩した女友だちが、「でも私の責任じゃないの」ともらす言葉に対して、ナナは自分に言い含めるようにして言う。

〈私はすべてに責任があると思う。自由だから。手をあげるのも私の責任。右を向くのも私の責任。不幸になるのも私の責任。タバコを吸うのも私の責任。目をつぶるのも私の責任。責任を忘れるのも私の責任。逃げたいのもそうだと思う。すべてが素敵なのよ。素敵だと思えばいいのよ。あるがままに見ればいいのよ。顔は顔。お皿はお皿。人間は人間。人生は人生〉

「自由ということは責任があるということなんだ。自由だからといって、ものごとに対して奢(おご)ったり、責任がないということは素敵なことではないんだと。これはとても大事なことではないかと思ったんです。忘れないように紙に書いて持っていました。私の生きることのベースとなっている言葉です。

 女優はただ職業であると思っています。仕事はあくまでも仕事。普通の生活はなるべく普通の人になるというのが、一番私がバランスのとれることなんです。女優さんだからといって特別扱いされるのはくすぐったいし、女優さんだから責任をとらなくてもいいんだという、そういう人間にはなりたくないですね」

 パートナーである糸井重里さんとは六年前に結婚。生活に幅ができてきた。

「彼は好奇心の固まりですからね。私は腰が重いんですが、彼はこう思うとすっと立っていますから。仕事を離れた別な趣味の世界を彼によってたくさん持てるようになりました。いい意味でひきずり込まれています。今はパソコンに夢中になっているんです。Eメールを送るくらい、本当に簡単なんですよ」


ひぐち かなこ
◆女優◆
1958 年、新潟県生まれ。大学在学中にスカウトされ、78 年、テレビ小説「こおろぎ橋」でデビュー。80年、初出演した映画「戒厳令の夜」の体当たり演技で、ゴールデンアロー賞新人賞を受賞。「北斎漫画」「もどり川」「四万十川」「女殺油地獄」等の映画に出演し、数々の賞をとる。テレビドラマでも活躍。今秋出演予定の舞台「かもめ」は、10月8 日から24 日までBunkamura シアターコクーンで上演される。


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