「戦争や文化大革命で、たくさんの中国人の白い骨が中国の大地に埋められました。文革では、医師として勤めていた私の父も糾弾(きゅうだん)されました。日本人の法律事務所や病院で働いたことがあったということで、日本のスパイとして糾弾されたのです。
人を死ぬまで追いつめる紅衛兵(こうえいへい)もごく普通の人間にすぎないのです。また、戦争時代の日本の兵士も特別の殺人の鬼ではありません。でも、なぜあえてあのような残虐(ざんぎゃく)な暴力を振るい、無残な殺人をしたのでしょうか。どうして私たちのこの足元の大地に、人間の手によって殺された死者の白い骨を埋めなければならないのでしょうか」
苛酷(かこく)な体験を通して、張さんの心をふるわせたのは、人間とは何か、という問題だった。人間の深い闇。その闇を仏教によって教えられた。
「欲望や分別心(ふんべつしん)が生じて、人間は自然との隔(へだ)たりの殻(から)を作りました。その殻の中で自他の対立がつのり、自分に対する執着(しゅうじゃく)がつのって、無明(むみょう)の闇に落ちていくのですね。我(が)に対する執着は世界を敵と味方に分けます。それは個人の関係にとどまらず、集団、階級、国、民族など、集団を単位として拡大していきます。
しかし、もっと深い無意識の深層には、この殻を破って大きなものへ帰依(きえ)する願望がひそんでいます。永遠無限のものに捧げる帰依の感情です。それを間違って生身の人間に捧げたところに、オウムの問題が起こってきたのです。
紙一重(かみひとえ)のところに人間の悲劇が生じるのです。日本はアジアの諸国を戦争に巻き込みました。文化大革命では、中国の民衆は貴重な帰依の感情を生身の毛沢東(もうたくとう)に捧げました。でも、それは帰依される指導者と帰依する民衆の合意の上での犯罪ですね。こちらだけが一方的な被害者だというわけにはいかないのです。
親鸞は、差別し差別される、支配し支配される、そういう人間全体を悪としてとらえています。人間の全体を<悪人(あくにん)>としてとらえるなら、それは悲しみです。人間は全部悲しみとしての存在です。怒りや憎しみが悲しみに転じられていく世界を、親鸞は見ているのだと思います」
文革から20数年経って、張さんはかつての紅衛兵のリーダーの良さんからパーティーの招待状を受け取った。当時の思いが吹き出し、憎しみと怒りがこみあげてきた。だが、招待状には慚愧(ざんき)の真情が語られていた。文革側の仲間、そして受害者が集まった。
「良さんはみんなに話し始めようとして言葉に詰まりました。彼もまた傷ついていたのです。文革の嵐の中で失われた片方の目。顔に刻まれた皺(しわ)は、年齢とかけ離れた深い苦渋に満ちたものでした。誰かが・乾杯・といいました。コップのぶつかり合う音を聞きながら、ここにいるだれもが隠された共有の傷跡で心を痛めているのだと実感しました。良さんは泣いていました。その瞬間、私の心にたまっていた憎しみが大きな悲しみに揺さぶられて、どうしようもない思いでした」
張さんにとっての忘れられない出来事だった。
チャン ウェイ
◆大学講師◆
1956年、中華人民共和国・長春に生まれる。吉林省体育学院で教鞭をとる。『暗い絵』の翻訳がきっかけで野間宏氏と出会う。92年、日本に留学し、親鸞と野間宏、戦後文学との関係を研究。現在、大谷大学、同朋大学で講師を務める。研究論文に「『青年の輪』の「性」と自然─親鸞の「自然法爾」に照らして」(『文学』・岩波書店)がある。