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インタビュー

 天野祐吉さんに聞く

 見える見える見える……
 文化のない社会は息苦しくてかなわない
天野祐吉さん
 考えるツボは「ヘソ」にある、と天野さんは言う。ヘソはアタマで考えたマコトシヤカな言葉やモットモラシイ考え方に触れると「何かヘンだな」と反発するユニークな思考力を持っているというのだ、と。「生きざま」「前向き」などという言葉が臆面(おくめん)もなく語られるのを聞くと、天野さんのヘソがむくむくと起き上がって茶をわかす。
 広告の批評においては先駆的な第一人者である。大上段に広告論をぶつのではない。庶民のヘソからの、ユーモアたっぷりのヤジを飛ばし続けるのである。
 文化は空気みたいなものだと天野さんは言う。その文化が今の日本ではボロボロになっている、と。
「自動車はCO2を出すけど、落語家がCO2を出したなんて話は聞いたことがない。酸素を出すんですよ。人間が呼吸をしやすい空気を作り出すのが芸術や芸能ですね。呼吸困難になっても働けと言って来たのがきたのが今まででしょう。効率第一主義でいくと文化は足手まといになってしまうのです。

 技術文明という面においては日本は世界でも一番の巨人になった。しかし、文化的にはひどいデクノボウになってしまったのです。

 子どもの教育からしてそうです。絵本を見たあと、ぼうっと考えごとをしているとお母さんに叱(しか)られる。大切なのは知識の量で、考えるなんて効率が悪い。企業社会に役立つ戦士を養成するのが今の勉強で、こんな社会で文化が成立するはずがない。<なぜ>ということは問うな、<いかに>だけを考えよ、という。そして頭のいい人が考えたことの有能な手足になればいい。オウムもそうです。自分で考える必要がない。教祖のいいなりになって動いた。我々の社会がオウムを生んだのです。

 ぼくが生まれ育った千住(せんじゅ)という町は江戸の名残(なごり)があって今ほど文化をないがしろにしてはいなかった。ぼくが悪いことをすると、向かいの畳屋のおじさんが“おてんとさまがみんなお見通しだ”と言って怒るわけですよね。そんな近隣文化があった。

 人のカレーにヒ素を入れるなんて、あんなバカなことをしてはいけないというのは、わかりきったこととして通用していたわけです。そういうわかりきったことをわかりきったこととして通用させている空気、それが文化なんですよ。それがすっかりなくなってしないましたね」

 宗教が文化の一方の担い手としてどう復権するか。コピーライターの元祖はキリストであり釈迦であった、というのが天野さんの持論である。そして宗教は究極的なレジャーだと言う。

「政治家や商人は現世の幸福を売ってきた。宗教は目に見えない精神的な幸福を問題にしてきたわけです。西洋では福音(ふくいん)といいますね。幸福のお知らせ。古今東西、宗教家は福音を売ってきたわけです。

 四国八十八か所めぐりだって、パッケージ・ツアーですね。ファッションまで決まっているわけです。あれは本当にうまい仕掛けをしたものだと思います。楽しみを否定して、精神的修行だとか使命感だとか言い出すと、ぼくは大衆の手からスルリと宗教が逃げていくと思うんです。レジャーとしてどれだけ復権させるかということです」

 ゆめゆめヘソをおろそかにしないこと。天野さんのヘソ談義はつきない。


あまの ゆうきち
◆コラムニスト◆
1933年、東京生まれ。創元社、博報堂などを経て独立、79年に『広告批評』を創刊する。同誌の編集長、発行人を経て、現在は主にマスコミを対象にした評論やコラムを執筆、またテレビのコメンテーターとしても活躍中。主な著書に『広告みたいな話』『天野祐吉のCM天気図』『ゴクラクトンボ』『見える見える』など多数。絵本に『くじらのだいすけ』『ぬくぬく』『嘘ばっかし』などがある。


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