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インタビュー

 連城三紀彦さんに聞く

 僧となった「恋愛小説家」
 小さな庵をむすんで悩みを分かちあいたい
連城三紀彦さん
 「恋愛小説家」と言われることもある。十五年前、直木賞を受賞した『恋文』をはじめ男女の情愛をテーマにした物が多い。また、トリッキーで壮大な仕掛けをもつミステリアスな長編小説にも才を発揮する。
 連城さんはエッセイで「一分のスキもなくスーツを着こんだ人より、綻(ほころ)びのある普段着を着ている人の方が、僕には『人』なのである」と書いている。連城さんの人間理解である。
 若いときから追われるように書き続けてきた。そろそろ世間を出て、田舎に小さな庵(いおり)むすんで悩みをもつ人々の相談相手になれたら、と思っている。
 『恋文』は不思議な小説である。結婚十年目を迎えた夫婦。ある日突然夫が家を出る。結婚前につきあっていた女性が身寄りのないまま難病にかかり、あと半年の命だと知って、その女性のために生きようとしていたのだ。夫は妻と離婚してまでその女性の最後を看取(みと)ろうとする。身勝手な夫を妻は卑怯(ひきょう)だと思う。しかし同時に、何気なく過ごしてきた夫との十年で、今初めて一人の男として夫を意識している自分に気づく。病院での挙式のとき、妻は白い封筒を差し出す。離婚届が入っていた。「俺、こんな凄(すご)いラブレター初めて貰(もら)った……」。
「与えて求めないという無償の愛がテーマだったんです。相手をよく理解して、相手のしたいことをさせるのが本当の愛ではないかと。仏教でいう慈悲(じひ)ですね。無償の愛が人間にどこまでできるか、そんなことをためしてみたかったのです。人間の世界ではありえないことだと言われましたが、でも、多かれ少なかれ、そういう愛がなくては生きられないと思うんですね。瀬戸内寂聴さんと対談したとき、『恋文』を読むと、作者は坊さんでしか生きられないと思った、と言われました」

 連城さんの小説では、女性の芯の強さと比べて、男性はどちらかというと優柔不断(ゆうじゅうふだん)のように見える。

「そうです。ぼくの両親がそうでした。その後ずいぶん男女関係を見てきましたが、その例外というのは見たことがないですね。今までは人生相談とかは一切やらなかったのですが、五十になって、やってもいいだろうと思って、去年あたりから始めたんです。女の人の相談というのはまともに乗り気になれないんです。女の人は相談してきても、結局は自分の好きなふうにしかやらない。強いですよ。

 長いこと恋愛小説を書いていまして、夫の浮気問題とか嫁姑の問題とか、そういうのは得意なんですが、人生相談ではいじめの問題が多いですね。個人的にも相談を受けていまして、毎日いじめのことを考えているんです」

 連城さんは名古屋の大学で非常勤講師で「文章表現」について教えているという。

「文章というのは頭で考えるものじゃなくて、感性で表現するものですよね。目や耳、五感(かん)を全部使って書くものですね。ぼくが教えられるのはそれだけです」

 十一年前、剃髪(ていはつ)して京都の東本願寺で僧としても一歩を踏み出した。

「祖父母の代までぼくの家は真宗の寺だったんです。父が寺を嫌(きら)って出てしまったんです。でも、家には大きな仏壇(ぶつだん)があって、目が覚(さ)めると母が大きな声でお勤(つと)めしていたんですね。そんなことで仏教が体にしみとおっていたのでしょう。坊さんになることが自然だったという感じです。深い縁を感じます。小さな庵をむすんで、いろんな人の相談にのってみたいと、そんなことを思っているんです」

 人は誰でも「綻(ほころ)び」をもっている、と連城さんはいう。自分の綻びをどこかで感じている人は人の綻びにも寛容になれる。綻びをもたざるをえない人間の悲しみと、その綻びをゆるす著者のまなざしの優しさが、読む者をして心のカタルシスをひきおこす。そこが連城ファンにとってはたまらない魅力なのである。


れんじょう みきひこ
作家
1948年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。在学中、「変調二人羽織」で「幻影城」新人賞受賞。81年、『戻り川心中』で日本推理作家協会賞受賞。84年、『宵待草夜情』で吉川英治文学新人賞受賞、同年、『恋文』で直木賞受賞。96年、『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受賞。著書に『私という名の変奏曲』『暗色コメディ』『飾り火』『前夜祭』『落日の門』など多数。『戻り川心中』は萩原健一主演で映画化された。


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