映画『蓮如物語』に流れる澄んだしらべの「やしょめ」の唄。倍賞さんのご主人の小六禮次郎さんが作曲した。幼い子と生き別れなければならない悲運の母がわが子を胸にいだきとるように、倍賞さんが唄う。エンディングではカウンター・テナーの米良美一(めらよしかず)さんが唄っている。
「主人が作ったから言うんじゃないですけど、とてもいい唄ですね。わらべ唄ですから心にすうっと入ってきます。やしょめとはやさしい女の人意味だそうですが、悲しくもあたたかな、そんな響きがしますね。
蓮如さんが死ぬまぎわに、自分はお母さんに言われたことを守って、気がついたら今ここまでやってきたと言っていましたが、私は小さいころから自分で何かを選んで新しい道を開拓してやっていくということがずっとなかったんです。いろんな出会いがあって、ふと気がつくと自分の前に誰かが道をひいてくれていて、私はその新しい道を歩いていくという、そんな感じなんですね」
なかでも渥美清さんとの出会いは実の兄妹以上の心の交流だった。2年前、渥美さんの訃報を聞いたとき、朝まで泣き続けた。思い出しては泣いてばかり、そんな日が何日も続いた。
映画『男はつらいよ』では、たった一人の血を分けた兄の寅さんをハラハラしながらも、暖かく見守り、ひたむきに生きる妹さくらを演じた。
「あのさくらさんはとてもしっかりしていて、家庭のことをちゃんとしっかりやって家計簿もつけて、そしてあい間に文庫本も読んでいる人じゃないかと思うんですけど、私はそそかしくて、そんなにしっかりしていないんですよ。
映画の中ではいつもさくらがお兄ちゃんを心配していますが、映画を離れれば役柄とはまったく逆なんです。渥美さんは『なにかあったら言えよ』と口癖のように言ってくれました。いいお兄ちゃんでした。いろいろ教えてくれるだけじゃなかったんです。辛いとき、そばになんとなくいてくれるような、そんな人でした」
渥美さんとのお別れ会が大船の撮影所で催されたとき、倍賞さんは「私はお兄ちゃんのこと、人間として、俳優として本当に誇りに思っているし、寅さんという映画でお兄ちゃんに会えたこと、本当によかったと思っている。いつも電話で、最後になると、『お前、幸せか』って聞いてくれたんだけど、もうそんなふうに言ってくれないのかなって思うと本当に寂しいよ、お兄ちゃん」と述べている。
倍賞さんの部屋には、寅さんのスタイルで鳥取の砂丘で肘枕(ひじまくら)をつきながら寝そべっている渥美さんの写真が飾ってある。そんな渥美さんに聞いてほしくて、『お兄ちゃん』という本を出した。女優である前に人間でありたい、と思う。そして「人間であって女を演じたい」とも。その本の中で倍賞さんは「私はいつまでも現役でいたい」と書いている。
「女優を続けていければ一番いいけど、そうでなくてもかまわないのです。主婦であってもいいし、飛行場の側の畑を耕す農婦でも、人間であれば。心をいっぱいに動かして生きている人─それが現役です」
ばいしょう ちえこ
女優
1941年、東京都生まれ。60年松竹音楽舞踊学校を卒業。同年、松竹歌劇団(SDK)へ入団。61年映画デビュー。62年『下町の太陽』で歌手デビューし、同曲でレコード大賞新人賞を受賞。69年芸術選奨文部大臣賞を受賞。映画『男はつらいよ』のさくら役に代表される庶民派女優として、また歌手として活躍中。主な映画:『家族』『幸福の黄色いハンカチ』『駅』『男はつらいよシリーズ全48作』他153本に出演。