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インタビュー
 筑紫哲也さんに聞く
 ジャーナリストの眼に映る世紀末
 日本が危ない!乱世をどう生きるか

 バブル全盛の頃、筑紫さんは自分のニュース番組で「日本が危ない!」といい続けてきた。経済評論家も含めてみんなが一笑に付した。しかし今、誰もそのことを疑うものはいない。
 「客観中立」を求められるニュースキャスターという立場で、筑紫さんは見せかけの客観を装うことをやめて、あえて、「自分で語る」ことを選ぶ。それは自分の限界を正直にさらすことでもある。「乱世」をどう生きるか。筑紫さんは、日本の近代が生活にまつわる「文化」をおろそかにしてきたツケが今ふき出ていると、指摘する。
  20世紀が終わろうとしているこの世紀末を、筑紫さんは「乱世」と呼ぶ。
「これまで当然と思われてきた枠組みがそうでなくなり、しかもその先に何があるのかがはっきりしない世の中ですね。

 20世紀は<人間の世紀>だと言われています。科学や技術の進歩が人間に幸せをもたらすと信じた。原爆に限らず、公害、環境破壊の問題も出てきましたが、それでも進歩信仰は止(や)まなかった。ファシズムを始め、イデオロギーが幅を利(き)かせた時代でもありました。しかし、今では自分たちが思っているほど人間は賢くないことに多くの人が気づき始めてきました。

 私たちの国は遅れて近代国家の歩みを始めたわけです。成功した要因として3つがあげられています。日本人は勤勉である。教育に大変熱心だった。そしてこれは比較の上ですけれども、アジアでは特に目立つのですが、優秀で清潔な官僚機構をもっていたことをあげています。しかし今、この3つとも非常におかしい状態になっています。

 そこに常に欠け落ちていたのは「文化」なんですね。文化という言葉は多用されるので定義が難しいのですが、何も音楽を聴いたり、お芝居を見たりすることだけが文化ではない。人間が何のために生きるのかということを考える哲学の部分、これも文化の大きな中核で、もちろん宗教もそれと大きなつながりがありますよね。そういう部分を置き去りにしてきたことのツケが今出てきている。

 戦後、私たちが努力したのは経済ですね。しかし、経済というのは人間の社会の中では目的ではないのです。手段なんです。人間が安心して暮らせるように、あるいはその社会が安定して幸せに人が生きれるように、それをつくるための手段です。その経済が目的になってしまった。日本は急に豊かになって世界から妬(ねた)まれましたが、努力してまじめに働いてここまでやってきたということについては、一定の評価はあるんです。評価した上で、しかしその次に問われるのは<あなた方はそういうふうに一生懸命努力した先に何がやりたいのですか>ということですね。

 世界中、いろんなところを歩いてみて、こんなに一生懸命働いて、まじめでしかも世界中で一番貯金をして、いじらしいほど変じゃない人たちの国なんですよね。それなのに、みんな幸せそうな顔をしていない。それは何故なのか。つまるところ文化ということをないがしろにして、本来手段であるものを目的にしてしまったその歪(ゆが)みからきているのではないでしょうか。

 外国に住んでいた人が日本に帰って一番気になるのは、子どもの目に光がないということだそうですね。フィリピンのマニラのスラムにいる子は貧しいかもしれない。しかし、少なくとも自分が生きることに一生懸命なところがあります。目が爛々(らんらん)と輝いていますよね。場合によっては人のものをくすねてやろうという輝きも含めてね」

 筑紫さんを「文化」というものに目を開かせたのは、米軍統治下の沖縄での記者体験だった。生活の中に文化があった。圧倒的な異民族支配の中にあって沖縄が沖縄でありえた理由をそこに見た。生身の人間として自分が観察したことを大事にするジャーナリストとしての筑紫さんの原点がそこにある。


ちくしてつや
ジャーナリスト・ニュースキャスター
1935年、大分県生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、朝日新聞社入社。米軍統治下の沖縄特派員、ワシントン駐在員、『朝日ジャーナル』編集長などを務める。89年10月よりTBSテレビ系<筑紫哲也NEWS23>キャスター編集長となり、現在に至る。著書に『筑紫哲也のこの「くに」のゆくえ』『筑紫哲也の乱世をいきよ!』など多数。


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