
ネット社会との関連で、いじめが新しい様相を帯びてきた。
教室では、一見いじめの標的になっているように見えないのに、ネット上においていじめの標的になっているということが起きはじめたのである。
少し古い新聞記事から紹介しよう。仙台市の中学に通う3年生の男子生徒A君に関する悪意の中傷がネットの掲示板に現れた。9月28日から10月13日にかけてのことで、そこには名指しで「死ね」「きもい」「うざい」「この世から消えろ」などという言葉が並んでいた。それを読んだA君はショックを受け不登校になり、さらに転校を余儀なくされるにいたったというのである。(朝日新聞2006・12・14)
サイトへのA君中傷の投稿は、在校生と思われる匿名の複数人によってなされている。さらにA君は匿名の書き込み手であろうと推測できる五人の生徒に教室で、「おれたちのうち二人への中傷をサイトに書き込んだのはお前だろう」といいがかりをつけられ、そのうちの一人に顔を殴られたという。
また中傷されたA君が、疑わしいと思える同級生の一人に「おれに対するいやがらせの書き込みをしたのはお前だろう」と詰め寄ったところ、そばにいた教員に、根拠がないのに人を犯人扱いすべきではないとたしなめられたことも明らかになっている。
クラスのいじめの標的になってしまっている自分に気づいた衝撃に加え、殴られ、そのうえ守ってくれると思っていた教員からは逆にたしなめられ、孤立無援な状態に追い込まれてしまった。A君の不登校、転校といった不幸な事態の背景には、おそらくこのような複合的な要因が考えられるだろう。
しかし、なによりも驚き注目せざるを得ないことは、教室ではなくネットがいじめの舞台になりはじめたことである。
いじめが匿名性を帯びる。教室ではなにくわぬ顔をしている同級生たちが誰だかわからないようにして、いやがらせ、中傷の言葉でもって自分を刺してくる時代を迎えたのである。真っ暗ななかに自分だけにスポットが当たり、そこをめがけてどこから誰が投げたかわからない言葉の針が飛んでくるのだ。
このような現実は、子どもたちにとってケータイやパソコンを介した通信ネットが日常生活の一部どころか主要部分を占めるようになったことと、呼応している。
いったいどこに回避の道があるのだろうか。