
3月28日、東京高裁で「いじめ自殺裁判」の判決があった。
1999年11月26日、栃木県鹿沼市で市内の北犬飼中学に通うU君(15歳・3年生)が自宅で首を吊って自殺した。両親は、友人らの証言を得て、U君の自殺はいじめによってもたらされたうつ病が原因であると確信し、市と県を訴えていた。判決は、この訴えを支持するものであった。
U君に対するいじめは2年生からはじまり、3年になると激化した。2学期には机に突っ伏しているU君の姿をみることが増えていった。10月の遠足でからかわれてから、登校しなくなった。そして自殺。これが経過の概略である。
一審の宇都宮地裁は、いじめを自殺の主たる原因と認めなかった。いじめはU君を不登校に追い込んだ。だが不登校中はいじめがなかった。自殺は不登校中の出来事である。いじめが行われていた時期から自殺まで1カ月以上の時間が経過している。ところでいじめ自殺は、いじめの渦中で起きるものである。1カ月以上の空白を念頭に置くと、いじめとU君の自殺のあいだに因果関係を認めようとする考えには無理がある。では何がU君に死を選ばせたのか。被告側は、こう主張した。U君は登校していたときも、不登校になってからも、ずっと進学問題で悩んでいた、と。宇都宮地裁はこの進学問題要因説を採用したのだった。
高裁判決はこの一審判決を破棄、一転、いじめ要因説を採ったのである。両者を結びつけたのはうつ病である。長期にわたるいじめが重篤なうつ状態をもたらし、それがもとでU君は自殺へと導かれたと認定したのである。
この場合のうつ病を、永遠にいじめから脱することができないだろうという絶望感に捉えられてしまった状態と理解していいならば、こうした未来を閉ざされた内面にとって、死が解放にみえてくるというのは、いじめの標的にされたものに特有の経験なのである。いじめられ体験として、それは決してめずらしいものではない。
しかもいじめは標的をこのような絶望感に追い詰めるのに、それほど時間はかからないのだ。前号で取り上げた神奈川県の高校で起きたいじめ自殺事件は、入学後たった3カ月でおきている。したがって長期化すればするほど、自殺という解放の幻影に手招きされる危険性は高まる、そう考えるのが妥当である。高裁判決は、こうしたいじめの怖さ、残酷さを、私たちが知るための一助となったことは確かだと思われる。