学生の頃から墓地を歩くのが好きだった。病気をかかえていたせいもあろうが、死は遠いものとは思われなかった。死者たちの眠る明るい墓地を私はよくひとりで散歩した。つれあいもまた墓地の散歩をいとわない。というわけで、この8月の終わりにも、初めて訪ねたニュージーランド南島のクインズタウンで、私たちは丘の上の墓地に向かい、墓碑銘を読みながら、2時間近くも、そこに眠る人々を想った。生まれ故郷の町の名が彫ってある。スコットランドが多い。アイルランドに町の名もある。リバプール生まれと彫ってある墓もある。石も朽ちる。朽ちて、ぼろぼろになり、文字が読めなくなっている墓もある。確認しうる最も古い墓は1871年に亡くなった人のものである。
ポニーから落ちてのけががもとでなくなった10歳の男の子の墓には、神の御意志とは承知しながらも泣かないではいられない、と記したあと、もう一度思い返して、でも天国でいつかまたきっと会えるだろう、と母親らしい人が切々と思いを刻んでいる。こんな生の感情の発露を墓石に見るのは、初めてだ。
わが家を目の前にして雪崩にまきこまれ、命を落とした、と記された21歳の青年の墓もある。
「そのうち、きっとわかりあえるようになるわ」と本の形をした石のすみに記した妻とおぼしき人のことばは何を意味するものだったか。
早春のまだ肌をさすような冷たい風の中、私たち夫婦は墓碑銘から聞こえてくる人々の声に、そこここで足を止め、息をひそめた。しーっ。生者はいなくても、墓地にはいつも人の気配がある。
美しいけれど、平面的にしか見えなかったクインズタウンの町は、墓地をあとにする頃には数々のドラマを秘めた立体的な町となって私たちを包み、帰りがけ立ち寄ったパブでつれあいはもうおやじさんと談笑に及んでいた。