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人輝くとき

 さわやかな後味
児童文学評論家・翻訳家  清水真砂子 サンガ第83号 <2006年9月>

 6月の梅雨の時期は学生たちの教育実習の時期と重なる。100名ほどの学生が50余りの幼稚園に分かれて3週間実習させていただく間、教員も専門を問わず、全員で手分けしてごあいさつに伺う。一方で授業は平常どおり行われているから、その合間をぬっての実習園訪問は正直いって大変で、今年もどうにか倒れずにすんだ。終わるとほっとする。

 この実習園訪問で、とりわけ苦労するのは、東京山の手の住宅街に、初めての園を訪ねるときである。一応地図は渡されるのだが、学生たちの描く地図のひどさに加えて(これはなかなか改まらない)、住宅街では道をたずねようにも商店はないし、日中ほとんど人影を見ない。

 先日もこうした園のひとつに赴いた。余りの疲れに往きは最寄の駅からタクシーに乗ったが、用事をすませて幼稚園を出ると、西も東もわからない。タクシーも通らない。見当をつけて歩きだしたものの、その方角でいいのか、どうか。

 と、折りよく、デイバッグを肩にした、30代に入るか入らないかの、背の高い女性が私のうしろからやってきた。私は呼びとめて、駅への道をたずねた。彼女は「私もこれから駅に行きますからご一緒に」と言った。だが、私はひざが悪いこともあって、脚が遅い。思いついて、先に立ってもらうことにした。彼女には自分のペースで歩いてほしい、と私は申し出た。私は目で後を追うからと。女性は私の申し出を黙って受け入れてくれた。それからの楽しかったこと。次第に遠ざかる女性は、しかし、角を曲がるところで、振りむいて手をあげてくれた。私も手をあげて応えた。次の角では女性の姿はいっそう小さくなった。彼女の手がまたあがって、曲がる方向を指した。私もまた手をあげた。駅に着いたときには、もう彼女の姿はなかった。さわやかな後味だけを残して、どこかに消えていた。


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