休みの日の東京駅は普段と人の動きが違う。ウィークデーの朝夕は相当な速さで動く人の群れの中にいても、まず人とぶつかることはないのだが、休みの日は、よほど気をつけていないと、つい人とぶつかりそうになってしまう。流れがうまく形成されてゆかないようなのだ。
この春休みも終りに近いある日のこと、私は用事があって上京。新幹線を降り、地下鉄に乗り換えようと、東京駅のコンコースを歩いていた。気がつくと、斜め前方から父子かと見えるふたりづれが近づいてきた。このまま歩を進めればぶつかる。私はとっさに足を止めた。私のすぐ前を小学校1、2年と見える男の子が、そして、すぐあとを追うように、その子の父親らしい男性が横切った。と、横切りざま、父親が息子を叱る押さえた声が聞こえた。
「他人の行く手をさえぎってはいけないよ。」
ああ、父が子をこんなふうに叱る声を耳にしたのは何年ぶりのことだろう。私は心がはずんでくるのを押さえることができなかった。あの子はなんてしあわせな子どもだろう。時を逃さず、こんなふうに叱ってもらっている。何をしても叱られることなく、ほうり出され、捨てられている子どもたちのこんなに多い時代に。私はスキップしたい気分だった。
が、正直言うと一方では胸をなでおろしてもいた。あの時、もしもこちらが一秒を急いで足を踏み出していたら。ああ、そうしたら私は男の子の前に大人としてしゃんと立てなくなるところだった。息子ほどに若いあの父親と顔が合わせられなくなるところだった。
あれから1カ月余りがたつ。「他人の行く手をさえぎってはいけないよ。」幼い息子に言ってきかせる父親の声がまだ私の耳にははっきりと残っている。日々を過たず、丁寧に生きていこうとする意思。人として恥ずかしくない人間にと願う大人の、子どもに対する毅然とした態度表明。それを私はふと耳にしたあの声に感じとったのだと思う。