ご本尊とお脇掛
お内仏(ないぶつ)の正面中央にご本尊(阿弥陀如来)をお掛けします。お脇掛は、向って右側に十字名号(帰命尽十方無碍光如来)を、左側に九字名号(南無不可思議光如来)をお掛けします。
ご本尊(ほんぞん)の両脇にお掛けする十字名号(みょうごう)(帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい))と九字名号(南無不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい))のお脇掛(わきがけ)は、単なる飾りではありません。
お釈迦(しゃか)さまの教えであります南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)は、人間の知恵では量(はか)り知ることのできない寿(いのち)と光(阿弥陀仏)に帰依(きえ)(南無)する、寿と光を我が生命(いのち)とするという意味があります(前回参照)。
そのこころを語った帰命尽十方無碍光如来は、十方に尽きることのない碍(さわ)りなき光の世界を生きる姿の表現です。南無不可思議光如来も同じように、人間の思慮分別(しりょふんべつ)を超えた光の世界に生きる姿を表現しています。九字名号・十字名号とも、阿弥陀仏を「光如来」と表現されたところに特徴があるように思います。
仏教は、迷いや不安、恐れからの解放を説きます。しかし、私たちの力では、自らを迷いや苦しみから解き放つことはできません。そういう迷いや苦しみ(煩悩(ぼんのう))で方向性を失った世界は闇です。
闇夜を不安なく真っすぐ歩くことができるのは、月の光や電灯の光があるからです。同じように、人間は光の仏さま(光如来)に出あえて初めて迷いや不安をのりこえ真っすぐ歩むことができるのです。闇を破るはたらき、それが光如来です。十字名号は天親菩薩(てんじんぼさつ)の、九字名号は曇鸞大師(どんらんだいし)の光如来に出あえた表現なのです。
すでにお話ししてきましたように、お内仏(ないぶつ)(仏壇)の中心は阿弥陀如来です。阿弥陀如来は、人生における真の本尊・南無阿弥陀仏を教え示そうとされた尊いお姿です。そして、その両脇の十字と九字の名号は、天親菩薩・曇鸞大師の南無阿弥陀仏に出あえた喜びの言葉といえます。
つまり、九字・十字の名号は、私たちの苦悩の闇を破る南無阿弥陀仏の世界(浄土)が真実であることを表しているのです。そして、念仏申すことを私たちに勧(すす)めているのです。ですから、尊いのですし、手が合うのでしょう。
こう理解してみますと、お内仏全体が、人生の闇を破る南無阿弥陀仏のはたらきを表していることがいよいよ知らされてきます。