夫を亡くし葬儀をすませたという、五十歳位の女性が突然「真宗会館」をたずねて来ました。遺骨は実家の墓地ヘ、四十九日の法要はお墓のあるお寺(遠方)で勤めるということでした。
このご家庭は、東京に比較的近い新興住宅地に住む核家族です。お寺との普段の行き来は全くないようでした。夫の死後、どうも家の中が寂しく殺風景で、不安だったようです。小さな仏壇を求めたが、その後どうしたらいいのか恩い悩んでいたそうです。
そもそも仏壇(浄土真宗ではお内仏(ないぶつ)といいます)とは、一体何でありましょうか。今回からご一緒に考えてみたいと思います。
本来仏教は、生死の苦しみからの解放を説く教えです。親鸞聖人の先生であった法然上人は、「生死(しょうじ)出(い)ずべきみち」をただ一筋におっしやっておられたそうです。生きることの苦しみや死の不安からの解放を一心にお説きくだされたということでしょう。
ところで、浄土真宗のお内仏の始まりをたずねてみますと、ご本尊をお掛けして礼拝勤行(らいはいごんぎょう)するところから出発しました。つまり、花を備え、香を焚き、ロウソクを灯して、仏法聴聞(ちょうもん)したわけです。そうして多くの人が、生まれた意義と生きる喜びに目覚める人生を仏教に学んでいかれたのです。(床の間はご本尊を安置するところから生まれ、仏間ができてきたといわれています。また、現在一般化されている箱型の仏壇は、江戸時代中期以降からもちいられているようです)
蓮如上人は「本尊は掛けやぶれ、聖教(しょうぎょう)はよみやぶれ」と語られました。何度も何度もご本尊をお掛け(当時はその郡度掛けた)し、お聖教(仏様の教えを記す書)を読み、仏様の心をいただいて生きていくことが人間として大切なことだと教えてくださっているのです。
こういう意味からしますと、現在一般化されている箱型の仏壇にしなければならないということは決してありません。団地やアパートなど、狭い部屋で仏壇を置くスペースがない場合は、タンスや本棚の上をきれいにして、三折(みつおり)本尊を置き、その手前に三具足(みつぐそく)(花瓶(かひん)・香炉(こうろ)・燭台(しょくだい))を設ければ、お内仏として成り立つわけです。