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仏事一口メモ
 納骨
  第24回 <1996年11月>

 納骨は、四十九日(満中陰)の法要以後に行います。実際には、地方(地域)の習慣や家庭の事情等により、葬儀終了後に納めたり一周忌などのご法要に併せて行うなどさまざまです。

 私たちにとって、身近な人の死の事実を短期問に受け入れることは、なかなか客易なことではありません。働き盛りの夫を亡くされた妻や子にとりましては、生きる望みが失(う)せましょう。子を亡くされた両親にとりましては、今にも「ただいま-」と帰ってくるのではないかと思う日々がつづくかもしれません。生前中の閥係が深ければ深いほど、亡き人への思いは離れがたいものです。

 しかし、亡き人は、いつまでも嘆き悲しみ、暗く落ち込むような生き方を望んではいないはずです。むしろ、人間として立ち直り、活き活きと生きることを私たちに望んでいるのではないでしょうか。

 ですから、ご遺骨を中陰壇(前回参照)にご安置することは、決して、ご遺骨(故人)にすがりつくためではありません。死の事実を見つめ、亡き人から私にかけられた願いを仏さまの教えに聞きたずね、真の依り所をもって生きなさいとの促しではないでしょうか。そのことに気づいて初めて、嘆き悲しむしかない生き方が転ぜられ、亡き人に手が合う新しい人生が始まるのです。

 残された者にとって納骨とは、死の事実を厳粛に受け止めるとともに、これからの人生の出発を意味する大切な儀式でありましょう。

 納骨の際には、「埋葬許可証」が必要になります。この許可証は、墓地の管理者にお渡しください。

 さて、本山であります京郡の東本願寺では、須額弥壇収骨(しゅみだんしゅうこつ)といいまして、分骨が納められます。また、親鸞聖人のお墓所であります大谷祖廟(おおたにそびょう)(東本願寺から車で10分程度)では、分骨も全骨も納められます。このような東本願寺や大谷祖廟への納骨には、人間としての生き方を指し示す親鸞聖人の教えを、自らの依り所に生きようとする願いが込められているのです。

 東本願寺や大谷祖廟への納骨等については、「真宗会館」までお尋ねくたさい。



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