親鸞さんと関東のお弟子たちとの手紙を見ると、私たちが「死」と呼んでいる事柄に関係するものが多いことに気付きます。そして、死に対する感じ方が、今日私たち一般が共有している感覚と大きく隔たっていることに驚きます。なかでも、この明法坊の「死」は、親鸞さんにとってよほど喜びと感銘の深いものであったのでしょう、四通もの手紙に出てきます。
それだけではありません。親鸞さんは何度も「自分は歳をとっているので、先に行くが必ず待っています」とお弟子たちに書いています。幾たび読んでも、恋文のような味がする手紙です。受け取った弟子・友達は、たとえ親鸞さんの最期がどのようなものであっても、不安に駆られることはなかったでしょう。
ところで、人間の身体の崩壊を、いつから「死」とか「亡くなる」と形容するようになったのでしょう? お釈迦さまの身体の崩壊を、仏教徒は決して「死」とは言いません。身体の崩壊を「入滅」といい、お釈迦さまが往かれた世界を「涅槃界」と呼んでいます。親鸞さんや弟子たちも、「往生」とはいっても「往死」とは言いません。
一口に死と言っても、いろいろな死があることが、誰にでもわかります。ちょうど、人生を飛行機の飛行にたとえると、墜落のように見える死もあれば、どこに往ったか目には見えなくとも、着陸したと安心できるような死もあります。いわば私たちは、多かれ少なかれ、幾人かの死の経験を共通財産として背後に持ちながら生きているわけです。
古い経典は「かの死んだ身もこの生きた身の如くであった。この生きた身も、かの死んだ身の如くになるであろう」と語ります。死は遠くにあるのでなく、一瞬の土台であり、誰もが、生きたように死んでいくのだから、よく注意して生きよと言っているのです。死の世界を遠くに追いやることによって、この世の生存を、鼻の先にニンジンをぶら下げられた馬のように、欲にひきずられるだけの生存にしてはならない。また、死後の不安を煽る宗教家の言葉にからめとられて、寸足らずの幻想のなかに自身を縛り付ける生存にしてはいけない。あなたがどのように死んでいくかは、あなたがどのように今生き、生きようとしているかにかかっているのだからと。そのように経典は言っているのです。
生がすぐれて個性的であるように、死もまた個性開花の場です。ちょうど一株のラベンダーがひたすらに力みなく咲き、散っていくその全体が、普遍の体現であるように、仏教もまた、個性以外の普遍を必要としないのです。
(京都 「智讃庵」主宰/畑辺初代)