よきひとの
おおせをかぶりて、
信ずるほかに
別の子細きなり
『歎異抄』
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私ごとで恐縮であるが、今年5月5日朝、母がお浄土に還帰した。ちょうど86回目の誕生日のその日であった。
今生での別れは必定と知ってはいても、親孝行らしいことは何もできなかったことを思うと、今更ながら、肉親との別れという、愛別離苦ということがしみじみと思われる。
もう随分前のことであるが、歌舞伎に少し興味を持った頃、7代目坂東三津五郎が、舞台で踊るこころを、「死者の前で踊る」という意味の表現をしておられたという文章を雑誌で読んだことがあった。
和光大学の安永先生が紹介しておられたのであるが、いつも気にかかっていた言葉である。母が、私に何を願っているのだろうかと思う今、改めて気になっている。
私と同じ越後人で、歌手であった三波春男さんは、名セリフと言われる「お客様は神様です」という言葉を残した。プロ野球の名投手であった金田正一さんも、同じ言葉を使っておられた。高い入場料を払って聴き、観てくれるお客様を大切にするなら、当然の言葉なのであろうという思いもする。
しかし、坂東三津五郎はそうは言わなかった。
すでに1961年に亡くなられた方であるが、踊りの名手と言われ、歌舞伎界で絶賛されたということである。また、江戸時代から続く坂東流の踊りを集大成し、確立させた人なのだという。
今は亡き歌舞伎の師匠たち、踊りの道へと駆り立て、厳しく叱り、共に生きた人たちがいた。素人の眼を欺くことはできても、死者の眼を欺くことはできないという、確たる芸の道がそこにはあったのだろう。
観客にこびへつらうことではなく、教えの道をたどり、生きた姿勢がそこにはあったのだと思う。「死者のため」ではなく、客にこびを売るのでもなく、「死者の前」という表現は、亡き人との出遇いが、「いのちの言葉」となって呼びかけてくれていることを、実感した表現だったのだろう。
そして今、その出遇いの確かさを明らかに示してくださったのが、親鸞聖人だったということを思う。
聖人の語録である『歎異抄』に、「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」というお言葉がある。
よき人と仰いだ法然上人の教えを、身をもって生きた聖人は、私にさまざまな出遇いをとおして、生涯をつくす「いのちの言葉」に出遇っていけと教えてくださっているのだと思う。
(新潟県・勝願寺住職)