サンガとは実に面白い課題だと思っています。(詳しくは私のホームページをご覧ください)
サンガ(Samgha)はもともとは仏陀に連れだつ多くの人々をサンガ(集い)と呼んだのですが、このサンガの決まりは、実は徹底した平等がテーマでした。
35歳の仏陀が世に出現されて、最初に5人の仲間(後のサンガ)に仏陀になる道を説かれます。それは「初転法輪(しょてんほうりん)」と呼ばれています。
2週間かかって、共に同じダルマ(法)をいただく最初のグループが出来ました。それは6人の阿羅漢あらかんたちと呼ばれました。が、その集いは、すぐに30になり60になったと記されています。
その60人の比丘たちと一緒に、仏陀は世間に帰って来られます。王舎城(おうしゃじょう)の竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)に、このサンガは住まいます。
これを別に表現するなら、1つの光が6つに展開し、すぐにそれは61の光に展開したのです。そして輝けるサンガは、えてして暗い世間に真実の明るい道があると指し示しました。そして、それを見た多くの人々にその光がまた伝達されていったのでした。
その光は、サンガには共通の光でした。仏陀もサンガの一人でしたし、共に真実の世界(涅槃(ねはん))を共有する人々でした。そして、実はこういう出家の比丘だけではなくて、彼らを支えた無慮無数(むりょむすう)の在俗のサンガが生み出されていったのです。
仏法僧を三宝と呼びますが、その第一の仏陀がなくなられても、サンガ(僧伽)は歴史を貫いてその活動を展開しました。たとえば仏教の経典は、実はサンガがすべて公開したものなのです。サンガのある所に、大きな仏道があり大きな仏国土が見つめられているのです。
真宗では親鸞聖人が示された七高僧が知られていますが、実はこれこそが歴史を貫くサンガの系譜ではないでしょうか。このようなサンガの歴史は、法然上人との出遇いによって親鸞聖人に確認されたものでした。
法然上人の生まれられる世界なら、人が何と言おうともたとえ地獄でも行くのだと親鸞聖人は言われたといいます(『恵信尼(えしんに)文書』筆者意訳)。お二人が見つめられた阿弥陀仏の世界は、三世十方の仏陀たちと共に行く大きなサンガ世界なのではないでしょうか。
(新潟県・最福寺住職)
※里村専精氏ホームページ
http://www.on.rim.or.jp/~satomura