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3分間法話
 一番やっかいなもの
もりよしき
森芳樹
51回 <2001年5月>
 

浄土宗のひとは
愚者になりて往生す
『末燈鈔』


 相田みつをさんに次のような 言葉があります。

自分
この
やっかいなもの
 まず「自分」とおっしゃいます。他人のことではなくて、自分のことです。私たちは普通、やっかいなのは他人だと思っていますが、はたしてそうでしょうか。

 「うちにもやっかいな人がいる」ということがあります。しかし、家にいる人をやっかいだといわなければならない自分が、もっとやっかいだということにはなかなか気がつきません。親がやっかいな人もあれば、子がやっかいな人もありますが、そういうことをいわなければならない私が一番やっかい者ではないでしょうか。その自分の「やっかいさ」に目覚めているかどうかが大事なことです。

 もうひとつ同じような言葉があります。

自分
この
どうしようもないもの

 「うちの子はどうしようもない」とよくいいますが、自分はどうでしょうか。子どものことをどうしようもないとしかいえない親は、もっとどうしようもないものでしょう。

 そういうどうしようもないやっかい者が、自分の思いの中でいい世界に行きたいとか、浄土に行きたいとかいっているのですから、そのこと自体が間違いなのです。

 人間の思いや計らいでは、いかに真剣に考えても浄土に行けないのです。浄土というのは、自力無効と教えられて頭が下がる、その下がるところでしか感得(かんとく)できない世界です。つまり、自分の愚(おろ)かさが知らされていくところに感ずるのが浄土でしょう。

 それが、念仏を申すということの大切な中身なのです。

念仏を申せば、自分の愚かさがわかる、これが念仏の教えにあった内実でしょう。

 愚かさは教えられなければわかりません。その愚かさがわからない私に、「愚かさに目覚めよ」と教えてくださるのが念仏の教えです。

(中央区・本芳寺副住職)


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