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3分間法話
 願いはひとつ
ささきゆうげん
佐々木祐玄
48回 <2000年11月>
 

如来われらを信じたまう
ゆえにわれ如来を信ず(曽我量深)


 ルーマニアの首都ブカレストの空港の到着ロビーでの最初の仕事はキスをすることだった。はじめはおずおずと、それから次第に軽やかに次々と。首都在住の親族総出のお迎えに驚きつつ。長男の嫁(嫁という言葉は死語ではあるが)ユリアに「キスはファミリィの敬愛の表現だから」としつこくいわれて、「郷(ごう)に入れば郷に従い」かと目をつむる思いで。「おとうさん、上手だったよ。でも大変だったでしょう」いやはや異国は挨拶ひとつも大変なのだ。

 長男がルーマニア人ユリアとの結婚の決意を告げたのは1995年5月。その時余命を数える病を得ていた養母と妻が反対。まわりも反対らしい。ともかくみんなの了解を取り付けて1996年4月に結婚式を挙げる。私の出した唯一の条件は「一緒にこの寺で住み、一緒に食事すること」。これは守られているが、あとは世の常、お定まりの嫁、舅(しゅうと)・姑(しゅうとめ)のごとく、意見の食い違い、いさかいは絶えない。生活習慣の違い、世代の違い、そして言葉が通じない。いつも心のどこかにお互いにストレスを感じている。

 入国した夜、ユリアの実家のアパートの居間での家族だけの歓迎パーティー。

 「私の長男ノリオとユリアが結婚して4年が過ぎ、かわいい孫のユミも1歳8ヵ月になりました。またユリアも得度(とくど)して僧(そう)(仏弟子(ぶつでし))になり、月参(つきまい)り・お盆(ぼん)参(まい)り・法事にも出るようになりました。今回はお祖母さまのナデジタ、お父さまのイオン、お母さまのイリザベタに直接遇(あ)って、是非お礼を申し上げたかったのです」

 「遠いところ、お出かけいただいて本当にうれしい。ごくろうさまでした。でもあなたにお遇いできて安心しました。ユリアもさびしいのでしょう。時々電話をしてきて繰言(くりごと)をいうのです」

 「国も違い、歴史も生活習慣も違って、それを理解しあう言葉が通じないのですから」

 「言葉が通じないのははじめからわかっていたことです。人間は言葉も行動もみな別々ですが、願いはひとつです。ノリオがルーマニアへ来て私たちに結婚の許可を得るとき、『父からは苦労をするぞといわれたが、ユリアもぼくもその苦労をエネルギーにして生きるつもりです』と言いました。

 亡くなった夫が、70年前に私に結婚を申し込む時、私の父に『ナデジタを幸せにはできないかもしれないが、私が幸せに生きられることだけは約束できます。自分より大切な人に出遭ったのですから。自分より大切な人が見つかったとき、はじめてどんな自分をも大切にできると気が付いたのです』と。ユリアとノリオの結婚の話を聞いたとき、両親は不安に思ったようですが、私は心配しませんでした」

 言葉は通じない。しかし、人と人とが真向かいに向き合ったとき、通じる世界が始まるのだと思う。もちろん意見も行動もみんな違うけれども、信頼の関係が通いあう世界を作り出してゆく。その信頼の関係はもともと人間にかけられた「願い」がひとつだったから生まれたのだろう。自分より大切な人を見いだしたとき、その「願い」に目を開く。

(新潟県・光善寺住職)

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