広報紙『サンガ』
TOP > 広報紙『サンガ』 > バックナンバー > 3分間法話
バックナンバー
3分間法話
 差別なき社会を念じて
きそしゅうほう
木曾秀豊
第40回 <1999年7月>
 

花の陰(かげ)あかの他人はなかりけり
[一茶]


「花の陰(かげ)あかの他人はなかりけり」

 これは、一茶(いっさ)、文政二年の句である。

 爛漫(らんまん)と咲き溢(あふ)れる桜花の下、たくさんの人が花見を楽しんでいる。うっとりと花に見とれている人、中には酒の方を楽しんでいる人、おでんに舌鼓を打つ人、恋をささやき合っている人―。いろいろではあるが、これらの人々にまったくの他人はない。みな懐(なつ)かしくどこかで皆とつながり合っているのだと―。

 以前、私は寺の掲示板にこの句を掲示したことがあった。すると、あるご門徒がこれを見て、「あかの他人はない、ということは、みんな親類だということだと思うんだが、一茶さんは、おもしろいことを言う人だなあ」と言った。

 私は、その「みんな親類だ」という言葉をおもしろいと思った。みんな親類だとするならば、あの人は縁のない他人だと切り捨てるような非情な思いはないはずだが、さて現実はどうだろう。

 これについて、私はふと『歎異抄(たんにしょう)』の中の「一切の有情(うじょう)は、みなもって世々生々(せせしょうじょう)の父母(ぶも)兄弟なり」という親鸞聖人のお言葉を思い出した。すべて生ある者は、みな生まれかわり死にかわりした長い間に、いつかは父母となり兄弟姉妹ともなっていたのであると言われるのだ。すべての人はみな遠い過去世(かこせ)からつながり合っていて、まさに「あかの他人」はないのであるという。世々生々の父母兄弟であれば、あれは貧乏人だ、無学だ、「かたわ」だ、うちとは「血筋」がちがう等々によって差別し、切り捨てることはあり得ないと思うのだが―。

 一茶がこのような句を生み出したのは、どこからであろうか。一茶は北信濃柏原という浄土真宗の篤(あつ)い信心の地で生まれた。彼の著作『父の終焉(しゅうえん)日記』や『おらが春』、その他多くの文集、そして俳句の中に、その信心の姿が描かれている。

 俳句を挙げれば、「露ちるや地獄の種をけふもまく」「長き夜や心の鬼が身を責(せ)める」というような罪悪深重(ざいあくじんじゅう)、心の闇を悲しむ句、また「涼しさや弥陀成仏(みだじょうぶつ)のこの方(かた)は」「何事もあなたまかせの年の暮」。あなたとは、阿弥陀さまを指(さ)すのだが。また、文化十年の文章で、「わが宗門では、師とか弟子とは言わない。御同朋(おんどうぼう)・御同行(おんどうぎょう)で、平座(ひらざ)で法話をするのを常とする」と述べている。従って、俳句の世界でも師・弟子があってはならないと。

 この一茶の平等思想が、差別なき社会を念ずるものとなったと考えられる。だから一茶は、あの時代としては稀有(けう)な被差別部落の側に立つ句を作っている。

 例えば、「穢多(えた)町も夜は美しき砧(きぬた)かな」。この句は五木寛之も感銘されている。また、「ゑた村のお講幟(こうのぼり)やお霜月(しもつき)」と被差別部落の報恩講(ほうおんこう)を感動の眼をもって見ているのであった。そして「やれ打(うつ)な蝿(はえ)が手をすり足をする」等の弱者への思いやりもある。

 まさに「あかの他人はなかりけり」は、このような差別なき平等の世界、いのちの懐かしいつながり、共生(きょうせい)の暖かさを詠じたものである。

 そうすると、一茶のいう「花の陰」とは、実は如来(にょらい)の光を指すものではないか。如来さまのみ光のもと生かされている私たち御同朋御同行の世界は、平等の光溢(あふ)れる国土であるべきだ。

(長野県・称名寺住職)


戻る

Copyright(c) 2004−2007 HigashiHonganji ShinsyuKaikan All right reserved
(このホームページの記事・画像の無断転載を禁じます)