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3分間法話
 「老い」との対話 ─「往生」のこころ
すがわらけん
菅原建
第39回 <1999年5月>
 

老化はただの衰弱じゃない。
成長なんだ。
[モリー・シュワルツ]


 昨年は「老人力(りょく)」という言葉が流行(はや)ったことをご存知でしょうか?

 そこで、やはり昨年、アメリカでベストセラーになった『モリー先生との火曜日』という本に出ている一節を紹介してみましょう。この本は、不治(ふち)の病(やまい)で死にかけている老先生・モリーと、かつての教え子・ミッチーとの実際にあった対話を載(の)せています。

ミッチー「年をとるのが不安になったことはないんですか?」

モリー「私は老化を有り難く受け入れる」

ミッチー「有り難く受け入れる?」

モリー「まったく簡単なこと。年をとれば、それだけ学ぶことも多い。ずっと22歳のままなら、いつまでも22のときと同じように無知だっていうことになる。老化はただの衰弱じゃない。成長なんだ。やがて死ぬのはただのマイナスとは片づけられない。やがて死ぬことを理解するのは、そしてそれによってよりよい人生をいきるのは、プラスでもあるわけだ」(中略)

ミッチー「……どうして若い健康な人たちのことがうらやましくないのかなぁ?」

モリー「ミッチー、老人が若者をうらやまないなんて、そんなことはあり得ないよ。ただ問題は、ありのままの自分を受け入れ、それを大いに楽しむことだ。30代が今の君の時代。私にも30代という自分の時代がかつてあった。今は78歳が私の時代さ。自分の今の人生のよいところ、本当のところ、美しいところを見つけなければいけない」

 「老いは単なる衰弱じゃない。成長なんだ」というところが私はとても好きです。  成長といっても、今ある自分に何かを付け加えていくような成長ではありません。むしろ今まで自分自身にまとってきたいろいろなものが、次々とはがれていって、何もなくなるんじゃないかと思っていたら、はからずも自分自身の内側からわき出てきた新しい私への出会いというような意味での「成長」。

 私はこの対話を読みながら、「往生(おうじょう)」という言葉を思い出しました。現代日本語では、。「往生」は行き詰(づ)まって困った時に使う言葉としてしか使われていませんが、仏教では、事実を受け止めながら「今、ここで、私らしい、かけがえのない何かに気づいていく生き方」という意味ではないかと思います。

 そこには「量」ではなく、「質」と「深さ」、そして「息吹」があるような気がします。それまで疑いもなく抱え込んできたひとつの「ものさし」だけなら、新しい気づきには出会えません。

 同じ物事でも、自分の持っていた「ものさし」が変わることによって、何かを足したり増やしたりしなくても、無理に頑張らなくても、ちがう質の喜びや豊かさが見えてきます。

 「往生」という生き方を、今こそ大切にいただきなおしてみる時代ではないでしょうか。

(台東区・厳念寺住職)


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