私の寺のすぐ裏をJR信越線が通っています。寺の隣は小さな団地です。今から十二年前の一月のある晴れた日、二歳の女の子が「凍(し)み渡り」(放射冷却現象で雪原が凍みて走り回れるようになる)をして線路に入り、貨物列車に両足を膝から、右腕を肩から轢断(れきだん)されるという事故が起きました。私たちの町に大きな衝撃が走りました。
「今日の医学の進歩は、昔なら助からない病人やけが人まで助けてしまう。困ったものだ。今、命が助かったとしても、将来、彼女が本当に命助かったことを喜ぶだろうか」とか、「親もつらいだろう、いっそ死んでくれた方が一時(いっとき)の悲しみですむのでないか。命助かったことこそ地獄でないか」等々、いろんな話が飛び交いました。「腕白(わんぱく)でもいい逞(たくま)しく育って欲しい」という世の中にあって、事故にあった女の子に生きる価値がないと決めてゆく。「かわいそうに、気の毒に、いっそ死んだ方がいいのに」と。
ここにすべてを計算してしまう人間の知恵があります。愚かというにはあまりにも残酷な知恵であります。お念仏を申した時のご利益(りやく)を薬に譬(たと)えて、親鸞聖人は「如来誓願(にょらいせいがん)の薬は、よく智愚(ちぐ)の毒を滅するなり」として、私たちが世の中を生き抜く力として頼る知恵には毒があることが語られています。ばかなことをしている愚かさはまだいいのです。得意満面、計算し始めたら、とんでもない毒を流している自分があったのです。そういう私であったことに気づけ、というのがお念仏の教えなのでありましょう。
その女の子の命は助かりました。名前を「歩美(あゆみ)ちゃん」といいます。お見舞いに行きました。おばあちゃんは「失った手足は戻ってきません。大変なことになったけれども、どういう形で生きてゆけるか分からないけれども、毎日がたたかいになると思います。力を合わせて精いっぱい生きてゆきますのでよろしくお願いします」。頭で考えた中からは絶対に出てこない「い・の・ち・の・事・実」、願われて光を生きる存在としてあるいのちの事実、そういういのちの事実を感じとられ、泣き明かされた挙句(あげく)の、凄(すご)い言葉であります。
彼女は今、笑顔のすてきな中学二年生です。でも事故以来、今現在も毎年のように手術を受けているのです。リハビリでようやく義手義足に慣れた身体から、その肉を突き破って骨が伸びてくるのです。その骨を削らねばならないのです。「かわいそうに、気の毒に」この言葉がどれほど罪深いものであったのかを改めて思い知らされるのです。
弥陀(みだ)の誓願(せいがん)不思議(ふしぎ)にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取=ru不捨(せっしゅふしゃ)利益(りやく)にあずけしめたまうなり
歩美ちゃんの歩みが、『歎異抄(たんにしょう)』のこのお言葉と重なって、゛願われて光を生きる「い・の・ち・の・事・実」として響いてくるのであります。
(新潟県・覺真寺住職)
