私事で恐縮ですが、五歳になる息子は「アンパンマン」という漫画が大好きです。バイキンマンというユーモラスな悪役がいたずらをしてみんなを困らせていると、たちまち飛んできて戦うのがアンパンマンなのです。
これだけですと、ウルトラマンと何ら変わりがないのですが、私がおもしろいなと感じたことは、相手がどんなに強力な武器を持ち出してきても、アンパンマンは常に素手(すで)で戦うのです。ですからピンチに陥ることもしばしばあり、その度に友達に助けられています。また、アンパンでできたその顔が欠けたり濡(ぬ)れたりすると、パワーが激減するという弱点があるのですが、溺(おぼ)れそうな人を見つければためらわず水に飛び込み、ひもじい子どもには迷わず自分の顔をちぎって食べさせてやります。圧倒的な力と強さを誇るスーパーヒーローにはほど遠いのですが、弱い者を助けるために捨て身になっていく姿に、心温まるものを感じます。
アンパンマンのテーマソングはこうです。
「なんのために生まれて/なにをして生きるのか/こたえられないなんて/そんなのはいやだ!/時ははやくすぎる/光る星は消える/だから君はいくんだ/ほほえんで/そうだ/うれしいんだ/生きるよろこび/たとえどんな敵が相手でも」
やなせたかしさんの作詞によるこの歌を息子が口ずさむ度に、自分の生きざまを問われているようでハッとします。「敵」とは私たちの「境遇」を指しているように思えます。「この世は夢(ゆめ)幻(まぼろし)の如くにして、何が本当のことかわからない。いのちははかなく、一瞬の間に過ぎてしまう。一度この身を失えば、二度とこの世に生まれることはない。今ここにおいて、自分とはいかなるものなのかをはっきりさせなければ、生きとし生けるものすべてを救わんという仏の願いにかなうことがない。願わくば、すべてのものは移り変わっていくという事実に目覚め、深く悔いなく生きてほしい」
親鸞聖人が『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』行巻の中で語られている言葉が、アンパンマンの歌声に重なって私には聞こえるのです。
人生は、誰にも代わってもらうことができません。二度とやり直しのきかない、一回限りの人生を誰もが生きているのです。この身が、たとえどんな境遇にあっても「私は私であって本当に良かった」「かけがえのないこの身を賜(たまわ)っていた」と頷(うなず)くことができる、体中で感動する「自分自身との出遇(あ)い」を求めて私たちは生きているのではないでしょうか。
迷いやすい浅ましい私の正体を照らし出し、その私自身を出発点として歩んでいきなさいと導いてくださる光を、「南無阿弥陀仏」と私は学びました。
(神奈川県・来福寺副住職)
