「長グツを見ると思い出すのです」。S青年は車イスの上から語り始めた。
私が五歳か六歳のころでした。隣近所の子どもたちが雨の中を長グツをはいてカサをさし、家の前の水たまりで泥遊びをしていたのです。私も仲間に入りたくてたまりません。生まれたときから下半身が不自由な私は、独りで外へ出られませんし、幼心にも外で遊ぶことはできないものとあきらめていたのです。しかし、そのときはどうしても外に出たいのです。なぜか長グツをはき、カサを持てば外に出ていける、立って歩けると思ったのです。玄関にあった父の黒い長グツの中に足を入れ、立とう立とうとして頭から転げ落ちたのです。
頭から血を流して泣く私を抱いた母が「ごめんな、ごめんな。こんな身体のお前を産んで、母さんを許してな」と、涙を流しながらつぶやくように言った言葉が私の心のどこかに残りました。いいえ、その言葉を私は良い意味に取りませんでした。
辛いとき悲しいときに「なぜ俺を産んだ」と私は母に泣き叫び、母を困らせることで私は救われていたのです。母は「すまん、すまん」と私にあやまるのです。
中学のころから音楽が好きになり、ギターをひきました。二五歳で女の人を好きになり同棲(どうせい)もしました。しかし、その彼女が私の音楽仲間の一人に恋をして、私から去っていきました。生活能力のない私を捨てて……。今思えば音楽的才能も人間的魅力もなかった私なのですが。
そのときも母は、「すまんな、お前に苦労かけて」と涙するのです。私は、母を、女を、社会を恨むことで生きていたのです。その母が死にました。恨むことを受け止めてくれる母がいなくなったとき、私は仏壇に向かって恨みを語り始めました。「仏が居るなら私を助けてくれ。母よ、あなたが仏になったのなら、私のこの身体を何とかしてくれ」と。私は知っています。私より不自由な人も、そして、自由の中で堂々と生きている人も。しかし、恨まずにおれない私が居い座すわるのです。
そんな状況の中にあったとき、音楽の好きな真宗の僧侶(そうりょ)が先生の講演テープを聞かせてくださいました。
その中に「人生を恨み悲しんでいるのも私なら、笑って生きているのも私。どちらかを選べというのではない。どちらも私だ。しかし、私の苦悩は分別から起こる。分別するなと言っても分別する。分別して生きているのが私だ。それなら分別して泣いて、分別して笑って生きていけばいい。分別しかない私だと見定めたところから聞こえてくるものがある。自己満足を許さない声が聞こえてくる。分別だと人間の知恵で見定めながらも、悩み続けるところに仏から言い当てられた声が聞こえてくる。仏が存在するから聞こえてくるのでなく、私を存在せしめる用(はたら)きとして聞こえてくる」と。
何を言っているのか解わからなかった。
そのとき、不思議なことに母さんの声が聞こえた。「許してくれ」と泣いている母さんの声。そして、黒い長グツが……。
私は母さんに「許してください」と言える私にならなければ……。
青年の全すべてが私には輝いて見えた。
(北海道・真宗寺住職)
