浄土真宗では、位牌は用いません。法名軸をお内仏の側面にお掛けします。
法名軸とは、亡くなられた方の法名を記した掛け軸のことをいいます。亡くなられた方がある場合は、この法名軸をお内仏(ないぶつ)(仏壇)の側面にお掛けします。(法名については第4回でお話ししています)
つまり、浄土真宗では、お内仏に位牌(いはい)を置くことをしないわけです。その理由をたずねてみますと、
- 中国の儒教から発した位牌は文字どおり位(くらい)の牌(ふだ)で、故人の生前の官位と姓名を書きつけた木札であったといわれる。「位牌を汚(けが)す」という言葉もあり、世俗的な名誉や権威と表裏した意味合いをもつこと。
- 古来、位牌には死者の霊がとどまる場所と考えられてきたこと。
- 位牌をお内仏に置くことによって、礼拝の対象がご本尊(ほんぞん)ではなく、先祖の位牌になってしまう恐れがあること。
等があげられます。いずれも亡き人を諸仏(しょぶつ)といただく浄土真宗には、なじまないことが知らされます。

これまでにも申してきましたように、浄土真宗のお内仏の中心は、ご本尊の阿弥陀如来です。ご本尊に合掌礼拝(らいはい)し、いつでもどこでも称(とな)えることの生きた真(まこと)の本尊=南無阿弥陀仏をいただくことが大事なことなのです。
位牌をお内仏に置くことは、この要の部分を見失わせ、いつしかお内仏が先祖供養の壇にもなりかねません。また、亡くなられた方が多くなってきますと、位牌でご本尊が隠れてしまい、それこそ位牌壇になってしまいましょう。
私たちはお内仏を通して、阿弥陀如来のいのちの世界に目覚め、亡き人も阿弥陀如来のいのちの世界に還(かえ)られたといただいていくのです。それが、ご本尊・阿弥陀如来を中心とした生活なのです。
ご本尊と、前回までお話ししてきましたその両脇の十字と九字の名号(または親鸞聖人と蓮如上人の御影(ごえい))、そして、側面にお掛けする法名軸、すべてが阿弥陀如来の世界である浄土を示しているのです。
亡き人のご命日(めいにち)には、あらためて「釈○○」と書かれた法名軸をあおぎ見、亡き人を偲(しの)ぶとともに、死をもって教えてくださる生の大切さを見つめ直す命(いのち)の日にしたいものです。