ご本尊(ほんぞん)について整理してみますと、次の二面性が知らされます。
(1)色や形がなく目にすることができないご本尊。口に称える名号(みょうごう)=南無阿弥陀仏のこと。
(2)色や形に表した目にすることのできるご本尊。木像(もくぞう)・絵像(えぞう)の阿弥陀如来や文字で表した名号のこと。
前号でお話ししましたが、生きた本当に尊いご本尊とは(1)を指しています。では、(2)をどう理解したらよいのでしょうか。
お内仏(ないぶつ)(お仏壇)にお掛けする絵像ご本尊の裏側を見ていただきますと、「方便法身尊形(ほうべんほっしんそんぎょう)」と書かれています。
この方便とは、・嘘も方便・などといわれるような便宜(べんぎ)的な手だてという意味ではありません。
中国の曇鸞大師(どんらんたいし)は、「正直を方(ほう)という。外己(げこ)を便(べん)という」と語っています。この言葉は、偏(かたよ)りも歪(ゆが)みもなく(正直=方)、自分の都合を全く考えずひたすら人々のためだけを思う心(外己=便)をいうようです。つまり、「方便法身尊形」は、偏りも歪みもなく、一心に一切の人々を救おうという仏さまの真実のはたらきを表した尊いお姿という意味になります。
口に称える名号は、色も形もなく肉眼には見えません。その見えない仏さまのはたらきに導き至らしめるために木像や絵像という形をもって表現されているわけです。
以前にも申しましたように、浄土真宗のお内仏は、ご先祖を安置する壇(先祖壇)でも、お願い事をする壇(依頼壇)でもありません。日常生活の中で、いつでも帰ることのできる心の依(よ)り所(どころ)です。形あるご本尊に手を合わすことをとおして、真のご本尊に出会い生きる喜びをいただいていくのでありましょう。
また、ご本尊が目に見えることによって、偶像を崇拝することのように思われるかもしれません。しかし、浄土真宗は偶像崇拝ではありません。お内仏にお掛けするご本尊は、私たちに真に依るべき本当に尊いこと(上記(1))を教え示そうと表されたお姿なのです。
ご本尊は、木像・絵像・名号にわけられますが、お内仏(仏壇)には、一般的に絵像のご本尊をお掛けします。
本山(東本願寺)からお受けするご本尊の裏には、「方便法身尊形」と裏書されています。